遊化の森

 土曜・日曜と今日、秋の三連休。土曜日には、「タオ内丹」ワークショップを神田でやった。2時間余、若い人たちが何とか、この修法を覚えてくれ、次代に繋いでくれればと思う。日曜は、のんべんだらりと過ごす。別に予定もなかったので、今度講習を受ける某大学の「書道」一字書用の筆・墨などを購入。書道については、長年にわたり関心があったが、心がそこに落ち着くには時間がかかった。水墨画も始めてみたい。以前少しm奉山という、海外に知られた先生に習ったことがあったが、その時の道具などは、その後新橋の飲み屋のママが店を閉じる時に差し上げてしまった。
 随分昔の話。書は最初習ったのが中学の時で、その時の先生はのちに某寺の長老になられて、「茶掛け」(茶室用掛け軸)では日本有数といわれた書の名手・S先生。当時は子供ながら、富岡鉄斎が好きで、先生とそんな話をした記憶がある。もう故人になられたが、仕事上でも某大手商社の社長への紹介状を書いて頂き、レギュラーの仕事が取れるなど随分お世話になった。心からご冥福をお祈りする気持ち。
 ほんとうはこういう世界が好きだが自作となると修練が余りにも不足している。さて「内丹法」の修練はやはり「出神」「収神」を一日3回ぐらいやる毎日が続いている。この分野で「達磨の法」というのがある。それには、この時期(初「出神」より3年を経た)には1日7回行うという記述がある。やりながら、それを思い出したが、考えてみると、達磨大師は「修練」のプロ、1日中修練三昧になれるが、いまだ「俗」の中にある我が身には7回はきつい。
  「天頂開」をやり、これによって「陽神」を出す方法をやっていると、以前のように簡単には取組めないのも事実。そんな言い訳をしながら、自分の師から「67歳まで動くな」と言われていた達磨大師が、やっと中国に来たのは70歳を過ぎてから。嵩山に入って打坐していたのは80歳近い頃と思うと、その伝道の情熱の大きさ、広さが伝わってくる。達磨大師がどんな修練をしていたかは、明らかではないが、壁観は多分、「出神」後に行う修法ではなかったか。そういう「法」は果たして「禅宗」に伝わったかというと疑問。もっとも現在日本につたわる「禅宗」は達磨より7代ぐらい以降の「中国化」された禅宗で、達磨本来のものは「少林内功」のような形のなかに残っていそうな気がするが、明確ではない。高齢になってから中国へ来た達磨の日常を思うとき、時空を超えて伝わってくるものがあるような気がする。
  「天頂開」をやり「出神」をやり、「壁観」で宇宙へ、タオへと意識を拡大している達磨、時空を経てそれは伝わり、続けろ、くじけるなという叱咤の声がどこからか聞こえてくる感じもする。日ごろ、「俗」にあって、仕事という雑事に追われる身には、三連休という、ゆったりとした時間は大変ありがたく、思うさま修練に時間を掛けることができるし、思惟の飛躍に時を忘れることが出来る。
by yuugean | 2006-09-18 21:35 | 2006
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