遊化の森

時間

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。さまざまに「坐忘」の状況は変化していく。少し前から、あるインスピレーションがあって、いわば「天地呼吸」の改良版を試している。「天地呼吸」は「煉精化き」の段階で試していた呼吸法だが、現在の段階で行っている事は、「天地呼吸」の持っていく先をより地下深く、より天上高くもっていくこと。最初は「意識」で体内の「陽火」を脚の内側を通して地中深く通していく。最後に行き着くのは「マグマ」(のイメージ)。そこから今度はそれを持ち上げてきて身体を通し、督脈を通して天頂より天上高く1万m(のイメージ)まで上げる。今度はそこから「白光」に見える「気」が自分の体内めがけて落ちてくる。それを何度か繰り返していると、意識(イメージ)を使わなくてもひとりでに「気」の塊が、地中ー体内ー天上ー体内と言う風に往復しはじめる。そうすると天上には「自分の為」だけに巨大な気海が開かれ、地中には「自分の為」だけの「気海」があって、そこから無限にちかく「気」の塊が流れ込んでくるような様相となる。とうぜんこれはバーチャルな世界ではあるが、丁度この時期には、この修法が必要だった気がする。まったく自然の成り行きで始めたことだが、以前の「煉精化気」の時期ではここまで明確な「気」の感覚化はなかった。それともうひとつ実はここ2ヶ月ほどいわゆる「40肩」みたいになり左の腕を動かすとき場所によっては飛び上がるほど痛い。いろいろ試したが効き目はなく、友人なども「それは時期がきたら治る」という言い方をしていた。しかしこの新しい「天地呼吸法」をやっていくと、いくらか快方に向かっている。考えられる事は、これまでの修練で体内に「気」が溜まり、それが停滞し、いわば「偏差」のような形で出ていたのではないかということ。それを解決するには、この時期この「天地呼吸法」がむしろ必要だったと言う事ではないだろうか。これはまさに「気功」そのもので、「天地」の気を繰る端緒となるような気がする。「仙道内丹法」はひたすら内気を強化し、法身を固めていく修練だが、ここにいたり「内丹法」と「気功」の関係が垣間見えてきた気がする。ただそれも時期が来ないと始まらないのだろう。大気への「玄関」が開き、内気が充分に蓄積され、天地の「気」を濃密に感じるようになるには、その時期を待たなければならない気がする。
by yuugean | 2004-01-26 10:27 | 2004
<< 途上 風船画家 >>



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧