遊化の森

カテゴリ:内丹法を修練する( 49 )

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その7



◆「十月養胎」
◆「移胎」
◆「上丹田に移す」

こうして「煉キ化神」の段階ももいよいよ、最終段階に入ってきました。これま
で「大薬」を下丹田にいれ、下丹田に「胎」を作り、次いで「下丹田」から「中
丹田」に「胎」を上げてきました。そうすると、やがて「避穀」現象や「真息」
、「胎息」がはじまってきます。私は先の「大薬」についで、この「胎息」とい
う二つの「験」が「仙道内丹法」の今後にとって、大変重要なポイントであると
考えています。「大薬」は、「内丹」を形成する為に欠かせない「験」(具体的
な現象)であって、それは決して「イメージ」(たとえば「光」のような)で形
成するべきではないと考えています。「イメージ」では実際何でも出来てしまい
ますが、それはあくまで「識神」の働きであって、この「第三段階」以降はむし
ろ「識神」(イメージ)を働かせず、抑制することで、「元神」の働きを呼び覚
ますべき段階だからです。「胎息」も同様です。「胎息」も一時的には、単純
な「瞑想」に集中する事で、そういう現象に似た状態を作り出すことは可能で
すが、速成で出来上がったものやがて消えます。やはり「十月養胎」の中で時間
をかけ、「身体」と同時に「意識」を鍛えながら徐々に到達するという態度が必
要です。今後「内丹法」を進めていく上で、この二つは本当に重要な「要素」な
ので、規定どおり作り上げていく事が必要です。なかなかその「験」が現れてこ
ないと、つい「便法」や「頓法」を適用し「イメージ」で作ることに走ったりし
ますが、それは出来た積りでいても、将来消えてなくなる「幻胎」をつくってし
まう結果になります。
さて、「十月養胎」の中で、それぞれ三ヶ月ぐらいかけて「下丹田」「中丹田
」「上丹田」で「内丹」(聖胎)を「温養」していきますが、それは基本的には
以前申し上げたような「包括的な守意」ともいうべき「温養」の方法でやります
。あまりある部分のみに意識を集中させないで、包括的なぼやーとした感じの集
中を行います。これは、この頃になると「意識集中」にも熟達して、一箇所に集
中すると「熱」を持ってくる可能性があるかではないかと思っています。あくま
で「内丹」(聖胎)を固める事が目的なので、一箇所への集中はふさわしくない
のです。そして三ヶ月ほどするとまず「下丹田」から「中丹田」に「聖胎」を上
げる「移胎」を行います。「下丹田」に少し意識を集中すると何となく「スライ
ム」状のものが意識の中に見えてきます。それを「下丹田」から引っ張り上げる
ように「中丹田」に入れます。しばらく意識をかけて「中丹田」に上げるよう意
識で引っ張りますと、「スライム」状のものが上がっていくのが、意識の「目」
に感じられます。それは本当にゆっくりとしたペースで上へ上がっていき、やが
て「おしまい」という感じに「スライム」状のものが切れます。これで「移胎」
は完成です。「下丹田」から「中丹田」はある程度繋がっており、直線的なので
、それほど苦労はいりませんが、問題は「中丹田」から「上丹田」に上げる時
です。「中丹田」から「上丹田」の間には、胸―咽喉―鼻腔―額などの器官が繋
がっています。しかも経路はせまく、曲がりくねっています。そこで私は試行錯
誤の後、ひとつの方法を思いつき実行するとうまく行きました。これもやはり「
意識」で引っ張り上げるのですが、「中丹田」に感じられる「聖胎」のスライム
状のものを、気管などに引っ張り上げて、まず「額」に衝突させるように強く引
っ張り上げます。その後に「黄宮」(脳内)に移動するという二段階法でやると
うまく行きました。「移胎」がうまくいったかどうか、「意識」を使ってやる行
為なのなかなか判りにくいと思いますが、「移胎」の後やがてしばらくすると「
大薬」(聖胎)が移動した「丹田」がじりじりと肉を焼くような感じになってき
てそれが2-3週間続くので、「移動」に成功したということがわかります。そ
ういう具体的な目に見えたり、体に感じたりする現象が現れてくるために、仙道
を続けられる勇気がわいてくるのだと思います。
by yuugean | 2003-11-01 06:32 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その6

◆「大周天」
◆「定」に入る
◆「陽神の誕生」

それはさておき、「仙道内丹法」です。「煉キ化神」は「大薬」が出来ると
「採丹」し、それをまず「小周天」ルートを回して「下丹田」に収めるところ
から始まりました。そして約10ヶ月の間ひたすら「養胎」に励みます。この
段階で日常的に行じるのが「大周天」です。これは、「気」(錬精化キででき
た物質「キ」)を「小周天」のルート、督脈―任脈のほかに、脚の内側―脚の
外側―督脈―腕の外側―腕の内側―衝脈―帯脈を通し「下丹田」に収める行
です。もうひとつ、この段階で重要なのは「精神を落ち着かせる」ことです。
「煉キ化神」の段階以降はことに「精神」のあり方が行の進展ぶりに大きく影
響してきます。「煉キ化神」は文字通り「神」(意識)を「キ」に入れ、「キ
」で「神」を包んで、10ヶ月かけて「キ」と「神」をひとつにしてしまう行
です。
「養胎」のためには「中丹田」と「下丹田」の間に「気」を充満して、「意
識」をかけ適度な温度を保つ事も必要です。この「火候」(火加減)で「キ」
と「神」は合成されて、ひとつの物質のように離れがたくなり、始めは「動
いて」いた「キ」も「神」と合一して、ここに静かに意識をかけ続けると動か
なくなります。さらに10ヶ月の間「胎」を育てますが、この時の「意識」の
かけ方は「包括的な」方法。つまりどこか一箇所に焦点をあてて、意識をかけ
るのではなく、身体の内面を見渡すように全体に「ぼっー」とした感じで意識
をかけ続けます。「入定」といわれる状態です。
こういう「入定」を繰り返していると、「神」は次第に落ち着きます。という
よりも動いていた「キ」が「神」(意識)に吸収される形で、次第に「神」(
意識)な中から、曖昧なもの、「陰」の部分がなくなっていきます。この「包
括的な」意識集中、つまり「定」という行を日常的に繰り返していくと、「神」
(意識)から「陰」(感情)の部分が次第に取り去られていきます。それが
「陽神」の誕生です。「神」から「陰」(感情)が取り去られたものが「陽
神」です。
by yuugean | 2003-09-30 06:33 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その5


◆「避穀と胎息」
◆「代謝作用が落ちる」
◆「ヒトはソーラーカーになれる?」


それはさておき、こうして「十月養胎」もいよいよ、中盤から後半へと移っていき
ます。「大薬」を下丹田にいれ、「包括的な集中」を続けて、下丹田に「胎」を作
り、次いで「下丹田」から「中丹田」に「胎」を上げていきます。そうすると、
「避穀」現象が始まり、食欲が極端に落ちてきます。もうひとつのこの段階の変化
は「呼吸」です。まず「呼吸」が「真息」に変わります。「真息」は二ヶ月ほど
で、さらに深くなって「胎息」に変わっていきます。仙道では「真息」および「胎
息」を「内呼吸」とよび、凡息を「外呼吸」と呼んで区別しています。「内呼吸」
では「外呼吸」のように「口鼻」では呼吸しなくなります。まったく「口鼻」から
「息」が出ていないかというと、必ずしもそうではないのですが、それは「体内」
や「胎内」で行った呼吸がかすかに漏れてくるだけで、「口鼻」を呼吸器官として
使っていないということです。

こういった「避穀」現象や「真息」「胎息」がなぜこの時期に起こるかというと、
それは「大薬」を収めた「下丹田」「中丹田」へ「包括的な瞑想」を行う事で、こ
れら「二丹田」が変成し、いわゆる「丹田化」されていって、内臓器官の代謝作用
が極端に落ちてくるからです。「避穀」現象は胃腸の代謝作用が極端に落ちて、動
かない状態になり、実質的にモノを食べる事が出来なくなる現象。「真息」「胎
息」は「口鼻」「肺」の呼吸器官の代謝作用が極端に落ちて、酸素と炭酸ガスのや
り取りを行う「呼吸」はさらに奥の「内臓」で行うようになるという現象です。そ
して内臓器官も「代謝」が落ちた分、これまで開発してきた「奇経八脈」が活発に
働いて、大気中から「気」を取り入れて、それを体内で「エネルギー」に変換する
作用が活発に行われるようになります。

この時期の状況について記録があります。少し長いですが例の通り採録してみま
す。

『仙道修行によって体表から直接「気」を取り入れ、それをエネルギー源の一部と
して利用することのできる身体は、いわば「ソーラーカー」のようなもの。「煉気
化神」の段階・十月養胎の半ばから、その験はあらわれ、食物の摂取量が減り、睡
眠量も減る。そして「胎息」によって口鼻での呼吸がなくなると、体内のエネルギ
ー消費量が極端に少なくなる。それだけエネルギー効率が高まったといえるだろ
う。たとえばいくら歩いても疲れない。ただひたすら「歩く」という行為をやって
いるロボットになってしまったような感じさえある。何十段も階段を上っても息が
きれない。10歳ぐらい年下の、若い人と一緒にかなりきつい太極拳準備運動をや
っても息があがらない。平気でいられる。もっと大きな変化は、何があってもあま
り感情が動かない。「悲しい」とか「悔しい」とかあるいは「嬉しい」とか、、そ
ういう「第2念」が起きてこない。仕事でもただ直進するだけであらかじめ「ああ
だ、こうだ」と悲観したり、楽観したりする感情は起こってこない。だから疲れな
い。こう言った様子はいわば「ソーラーカー」のようなもの。クリーンエネルギ
ー。ソーラーカーも「光」を「エネルギー」に変換して動いているが、仙道修行者
も「光」(気)を「エネルギー」に変換しており、その原理は全く同じだと思う。
「光」は、どんな波長の「光」でも、本来目には見えない。可視光線は一見「目に
見える」ように思えるが、実は反対色の波長の光のエネルギーを吸収し、残りの波
長の光を反射しているだけ。「気」の実態は4-12ミクロンの波長領域の「光」
であり、それを仙道修行者は効率的に吸収している。この波長の「光」は水分子と
よく相互反応を起こす。人間の体表が水電池のようになっていて、そこからこの
「光」はよく吸収され、体内で電気・磁気に変換される。そのシステムが、今日の
知的動物・人間を作り上げたのである。だから「雨」の日は仙道修行者は腹が減
る。空中の雨滴に、その波長の「光」は反応して吸い取られてしまい、人間に達す
る光の量が少なくなるからである。こうして仙道修行者は「ソーラーカー」となり
うるが、その種修行をやらない多くの人々は肉を食い、穀物を食し、ただひたすら
体内環境を汚し排気ガスを撒き散らしている「ガソリン車」みたいなものであ
る。』(「ソーラーカー」と「ガソリン車」 2001.6.2)
by yuugean | 2003-08-10 06:35 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その4


◆「中丹田―肉の焼ける感覚」
◆「避穀現象」
◆「陽神」


それはさておき、「大薬」以後は仙道でいう「十月養胎」という段階です。前回は
その後「下丹田」に現れてくる感覚について書きました。「大薬」を下丹田にい
れ、「養胎」がはじまりますが、「包括的な集中」を続けて1ヵ月半から2ヶ月程
すると、「ジリジリ」という肉の焼ける感覚が下丹田を1周して、次は「移胎」で
す。これは「下丹田」から「中丹田」に「胎」を上げていきます。この「移胎」は
「下丹田」から「中丹田」に上げる場合ですが、頃合を見計らって、「意念」で
「下丹田」から引っ張り始めます。そうすると、下丹田に上へあがろうとする
「胎」の「部分」が感じられるようになり、まずそれを「中丹田」、へその上に引
っ張りあげます。それを3―4度繰り返すと、もう下丹田に上へ上がるものの気配
がなくなりますが、これで「胎」は上にあがったわけです。再び朝となく夜となく
「中丹田」に対して「包括的な集中」を続けます。そうするとしばらくして、「大
薬」が中丹田全体に作用していって、中丹田を変性させていきます。再び「中丹
田」で「ジリジリ」という肉の焼ける感覚がして、2週間―10日で中丹田を1周
して、中丹田全体を変えて行きます。そうすると、前回の「記録」にあるような
「避穀」現象が始まり、食欲が極端に落ちてきます。

この現象は「大薬」を周流させて、「胎」を下丹田から中丹田にあげ、中丹田を中
心に包括的な瞑想(あまり焦点を絞りすぎないでする瞑想)を続けてきた結果おこ
ってきます。これは一種の「証験」といいでしょう。「包括的な瞑想」を続けて、
体内の「陰」が消えていくと、食べることを考えなくなります。この時期全体を通
じて、行っている修練は、結局は「個我意識」を完全に消し去ることです。「包括
的な瞑想」つまり「定」に入ることで、「陰」が徐々に消えていき、食欲、性欲、
金銭欲、名誉欲、権勢欲といった「五欲」が減少し、「喜怒哀楽」といった感情に
左右される事がなくなります。この「陰」は別の言葉で言えば「識神」と同じもの
です。「識神」あるところ、「陰」が残っているわけで、この「陰」を自分の意識
から完全に取り去る為に、朝な夕な「定」にはいるわけです。そうすると「陰」が
徐々に「意識」の中から滅減されていき、それと同時に「元神」が働くようになり
ます。つまり我執・我欲といった個人の欲や、イメージ・夢といった意識にまつわ
る「識神」の動きを止めることで「元神」の働きにまかせるようになるわけです
が、この「意識」の中から「陰」を完全に取り去ったものが「陽神」です。
by yuugean | 2003-08-08 06:37 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その2

◆「包括的な集中」
◆「下丹田―肉の焼ける感覚」
◆「避穀現象」

それはさておき、「大薬」が生じそれを掬い上げ
「小周天」ルートに引張り上げて下丹田に収めていきます。約1週間して「大薬」
の発生が止み「養胎」にはいっていくわけですが、この時おこなうのは、いわゆる
「入定功夫」。これは何かというと簡単にいえば「瞑想」の一種。しかし「仙道」
の「瞑想」は他の瞑想とは違い(多分)何か特別な対象をイメージして行う集中で
はありません。むしろ全体に意識をかけ、「ぼーとした」状況を持ち続けることで
す。集中しすぎることなく、茫洋とした包括的な集中です。

こういう集中を続けていると、まず「下丹田」の様子が少しずつ変わってくるのが
わかります。「下丹田」には、さきに「大薬」を収めてあるのですが、その「大
薬」のせいでしょうか、少しずつ「下丹田」の下辺の部分から、「チリチリ」とい
う感じ(痛みはないのですが)、ちょうど電磁調理器で肉を焼くような感覚が現れ
てきます。そして約2週間―半月の間、その感覚が「下丹田」の下辺から中央、そ
して上辺へと移りながら変化していきます。「焼いて」いるわけはないのですが、
ちょうどモツのような内臓を電磁調理器の上で「ジリジリ」と焼いていくような感
覚が出てきます。それが「下丹田」全体に広がったころには、その感じは消えてな
くなります。これはどうして起こるのでしょうか?これは多分「大薬」が下丹田全
体に作用していって、下丹田を変性させているに違いありませんが、もしそうだと
すると「大薬」というのは一体何なのでしょう?自分の体内で生じたものには違い
ありませんが、その「エキス」が丹田(と内臓器)を何か別のものに変える作用を
しているといえるのかもしれません。中国人は昔それを経験的に学んだのでしょう
か?

下丹田に「大薬」を納め、包括的な集中をやって2-3ヶ月の頃に感じた記録があ
ります。そのまま採録してみます。

『このごろ食が極端に細くなってきた。朝はかってトースト2枚であったものが半
枚ぐらいでお腹がいっぱいになる。昼もそば1杯、あるいはしばしば抜くときがあ
る。夜はもう食べたくなくなってしまう。ここ1週間はそんな状態が続いている
が、体は元気で行動も活発だ。これは「大薬」を周流させて、「胎」を下丹田から
中丹田にあげてから、中丹田を中心に包括的な瞑想(あまり焦点を絞りすぎないで
する瞑想)を続けてきた結果であり、この「定」に入る行を2ヶ月続けたあとの
「証験」である。いわゆる「避穀」現象であり、飢餓感がなくなり次第に食事を取
らなくなる。「避穀」現象が早く現れるか遅く現れるかは「意識を落ち着ける」能
力による。「定力」が強ければこの現象が早く現れ、定を出るのも早い。仙道では
食糧は後天に属するものと考えており、食糧を食べることは「陰」の行為。したが
って体内の「陰」が消えると食べることを考えなくなるといわれる。そもそも「仙
道」で何のために、小周天をやり、大周天をやるのか?それは全身を「丹田」とす
る為であり、精・気・神を一体化して「神」にする為。それも全てはその後に「個
我意識」を完全に消し去ることで、「元神」が働くようにするため。つまり我執・
我欲といった個人の欲や、イメージ・夢といった意識にまつわる「識神」の動きを
止めることで「元神」の働きにまかせる、というのが「仙道」である。』(200
0年6月)
by yuugean | 2003-08-06 06:40 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その2

◆「養胎」
◆「十ヶ月かけて育てる」
◆「修練は入定功夫」

すでに前回より、二ヶ月の時間が流れてしまいました。気がついてみるともう、二
ヶ月も経っていたのかという感じが正直なところです。この期間、このメルマガの
ことが常に気になりながら、なぜかここに立ち戻ることが出来ないでいました。別
のひとつのプロジェクトに少し心を砕かねばならない状況だったからかもしれませ
ん。それがようやく目途がついて、気がついてみると仙道メルマガ「天地」は前回
より二ヶ月も経過してしまっていました。

さて、前回は「大薬」の発生でした。私はこれを「仙道」階梯の中の最大のクライ
マックスのひとつではないかと考えています。「大薬」の発生がなければ、その後
の「丹」の形成されず、そうするとそもそも「内丹法」は成立しないからです。
数々の修練の中には「大薬」を生じない方法もあるでしょうが、それは、「仙道内
丹法」とは別の修練に過ぎないと思います。

こうして「大薬」が生じてきますと、それをその都度「小周天」ルートを回して、
下丹田に収めます。この期間は約1週間、朝となく夜となく、次々に「大薬」が体
内に生じてきて、肛門周辺に下りてきます。それを掬い上げ「小周天」ルートに引
っ張り上げて下丹田に収めていきます。約1週間すると、こんどはぴたりと「大
薬」の発生が止みます。

これからが「養胎」といわれる段階に入ります。これから下丹田に出来てくる「聖
胎」はいわば内丹法によってできた嬰児です。実際に形や質を備えた物ではなく、
「神」と「キ」(気)が凝結した物にすぎません。この「養胎」は、別には「十月
養胎」と呼ばれます。人間が胎児を母体に宿し、十月十日かけて「胎児」を育て産
むという事に擬しています。単にそれを真似ているということではなく、十ヶ月の
間、自分の胎内に抱えて育てる事でちょうどいい「聖胎」が出来上ると言う事を中
国人は体験的に知ったのです。ですから、早くこの段階を経過することは何の意味
もありません。「早産」が未熟な嬰児を生むように、やはり十ヶ月と言う時間がち
ょうどワインを熟成させるように、健康な「聖胎」を創り上げるのにちょうど必要
な時間なのです。この段階では、まず「神」を「キ」(気)に入れ、それから
「神」を「キ」(気)で包み、これから十カ月の間神が気と一つにして安定させて
いきます。これは、ちょうど神と気が交わり子宮に胎児を生み育てているようなの
で、「養胎」に例えられるのです。

この段階で行う修練は実際には「入定功夫」(神を落ち着かせる修練)です。常に
落ち着き、意念はまるで無きごとく、常にきちんとした行動で、心や考えを洗い、
綿密に静かに意識をかけ落ち着かせることで、「元神」は発育・成長していきま
す。十カ月の間に、微かに動いていた気は動かなくなりすべて「神」に変わってし
まいます。これまで目で見ることによって意識をかけていたのを、意識しないよう
になり、火加減においても意が触れないようにし、元神の落ち着きに影響しないよ
うにします。

この時期「大周天」の修練自体は、実際には「入定功夫」によって「神」を落ち着
かせ、「意識」(神)がぶれないようにする修練です。「入定功夫」は何かという
と「瞑想」の一種といっていいでしょう。しかし「仙道」の「瞑想」は他の修練と
は違い何か対象を持ってイメージで作り上げたものに対する集中ではありません。
むしろ何も考えない、「ぼーとした」状況を持ち続けることです。集中しすぎるこ
となく、茫洋とした包括的な集中を行います。それが「入定」です。そういうやり
方によって、「意識=神」がはじめて落ち着いてくるのです。 この「大周天」の入
定功夫(瞑想)の目的は「陽神」を煉ること。

「キ」(気)が動き「神」が散ることが「陰」であり、「気」が落ち着いて「神」
が純であることが「陽」であると考えられています。だから気が落ち着くというこ
とは、「意識=神」の中から「陰」が消え、「陽」が増えることです。「意識=
神」の中から、「陰」が全くなくなると、虚霊[虚の働き]の「陽神」だけが残り
ます。「陽神」というのは、別の考え方では「陽」のみとなった「意識」です。
「陽のみ」とは何かというと、「意識」(神)から「陰」の部分が全て取り去られ
た「意識」(神)の状態です。そして、純粋に陽に満ちた「胎」が完成するので
す。

そして「意識=神」の中から「陰」を消し去っていく修練が「入定」(包括的な瞑
想)の修練です。「入定」(包括的な瞑想)では、決して一点に意識を集中するこ
となく包括的な集中を行います。何度も繰り返し「入定」することによって、
「陰」は徐々に「意識=神」の中から消えていきます。1カ月目は二気はまだ活動
していて昇ったり降りたりします。2カ月目には気は微かに動いています。3カ月
目以降は気は中丹田と下丹田だけで微かに動くだけ。4~5カ月目にはもう動かな
くなり、「陰」は減り「陽」が増えていきます。6~7カ月目には修練は安定して
熟し、気は神に変化します。8~10カ月後になると、長い間静かに意識をかけて
いたので、性功は完成し、「神」は「陽」のみとなり、完全になります。これ以降
は方法を変えて胎を上丹田に移し、上関に入っていかなければなりません。
by yuugean | 2003-07-14 06:41 | 内丹法を修練する

「大薬」

 
◆「大薬の発生」
◆「小周天ルートを回す」
◆「大薬体験」

さて第三段階は「煉キ化神」。熱が発生しているのを止めたあと、会陰から丹田に
昇る「キ」(気)があって内薬が生じますが、これはもちろん修練者には見えるわ
けでもありません。しかし「大薬発生」の時にはひとつの「証験」があります。 こ
の時、伝統仙道で通常言われていることは、「陽光三現」という現象です。瞑想し
ていると眉間に電光のような光が突然現れ、部屋に白い光が立ち込めます。これが
「陽光三現」。体内の真陽が完全に集まり、丹田内に「大薬」が生じたことを示し
ている「証験」。また「大薬」が生じる時には「六根震動」という状態も現れるとい
われています。これは丹田の火が盛んになり熱くなり、耳の後ろで風が起こり、脳
の後ろで鷲が啼き、身体が沸くといわれます。「丹田」の火はこの前後確かに集中
によって非常に高温になり、身体が沸いた感じにはなります。ただこれには個人差
もあると思います。すべての条件が揃ったら、「大薬の発生」が始まるというわけ
でもなく、この時期にこういった、いくつかの「現象」「証験」が現れたなら、や
がて「大薬」が発生してきます。

「大薬」は突然、思いもかけない時に発生します。そして一旦生じると、「大薬」
は非常に活発で、身体の内部で心臓の方へ勢いよく駆け上がったり、前へ行って生
殖器に触れたり、後ろへ行って尾閭に突き当たったたりします。結局「大薬」は後
ろへ行き、そのままにしておけば肛門から外の方へ逃げ去ってしまいます。伝統仙
道ではこの時のために、「大薬」を一滴も外に漏らさないため、肛門を外から木座
(木製の肛門の栓)でしっかり蓋をし、肛門から「大薬」を出さないようにするの
です。現代ではそこまで出来ないと思います。あらかじめ「木座」を作って「大薬
発生」に備えている修練者はいるのかどうか寡聞にして知りません。しかし「一滴
も外にもらさない」という「心がけ」は必要でしょう。

こうして「大薬」が発生すると、すかさず修練者は「大薬」を吸い上げるような気
持ちで尾閭を越え、督脈に吸い上げます。伝統仙道では「大薬」を軽く引き上げ、
羊が引く車のように尾閭を通過し、まず背中の窪みまで引き上げるとされていま
す。「大薬」が夾脊関(背中の窪み)で阻まれて動かない時には無理に意念で引っ
張らないで、「大薬」がまた自然に動く時を待ち、微かに意念をかけて軽く引っ張
り、玉沈関(首のつけ根)まで昇っていきます。大薬は玉沈関でまた阻まれて動か
なくなると、ゆっくりと「大薬」が自然と動いて大きな力で玉沈関を衝き開くのを
待ちます。玉沈関を過ぎますと、直ぐに頭の脳の中を貫くので、再び引っ張って印
堂(眉間)まで下ろします。「大薬」は印堂で阻まれて通らなくなると、鼻腔から
容易に外に排泄されます。この時伝統仙道では「木製クリップ」で鼻孔を挟んで閉
じ、舌を上顎につけ、大薬を下に引っ張ります。やがて大薬は気管を過ぎ、中丹田
を通って下丹田まで降りてきます。つまり「大薬」が発生したら、修練者は「小周
天」のルートを自然な形で「大薬」を周流させ下丹田に収めるのです。そのルート
を無理なく周流していくように「意念」を使います。このとき「小周天」ルートを
一周する時の注意点は「肛門」とともに「鼻腔」から「大薬」が漏れないように細
心の注意をする事です。伝統仙道ではこの時のために、先ほどの「木製クリップ」
で鼻をつまんで外に漏れるのを防ぐとされています。「修行三昧」の「道観」の中
などではいざ知らず、私たちは「木製クリップ」を付けてまま一週間も現代生活を
送ることは出来ませんので、「意念」を用いて鼻腔から漏れないようにします。
「大薬」が体内に一旦生じると、次から次へと発生してきて、こういう状態がほぼ
一週間続きます。そしてまたある日、ぴたりと止まり二度と発生しません。

次は私の「大薬」体験です。「言行録2000年」の5月23日の項に次のような
記述があります。これは当時私が時々投稿していたホームページ「仙人の庵」(天
野さん)の掲示板に出した「大薬を二度つくる」というスレッドです。これは当時
結構あちこちから総スカンを食いました。当時はこの「仙人の庵」も「高藤信者」
が多く、私の発言を「高藤流」への批判めいた事と受け止められたようです。最後
には「天野さん」まで出てきて少々やりあいました。天野さんも現在ではどうも仙
道的ではない方向のようですし、もうひとつの「天経」もなぜか「高藤色」を薄
め、その旗をおろした(ような?)状況でとなりましたが、今では懐かしい思い出
です。

「大薬を二度つくる」

 「大薬」って、高藤さんの本なんかによると、「ボール」ぐらいの「光の球」っ
ていうじゃないですか。それで天堂に眩しい光が現れた時、丹田の「光の球」に意
念をかけつづけ、それを「採薬」して丹田から「黄庭」に上げました。4月の初め
頃のことです。そうすると丹田と黄庭に気が充満して、やがて「食事」をあまりし
なくても良いようになりました。これが「ひ穀」現象というものかなと思っていた
のです。その後、不注意にも「胃の検診」でレントゲンを浴びたら、「黄庭」の気
の塊が消えました。かなり焦って、いろいろやったのですが元通りには戻りませ
ん。しかし、いろいろやっているとそのうちに「胎息」が始まりました。これが
「胎息」なんだなという感じでした。その後、二日ほどしてなにか腸の調子が悪い
ような状態になりました。ときどき、なにもしないのに、穀道(腔門)から透明な
粘り気のある水分のようなものがひとりでに漏れました。きもちが悪いのと、早く
修復したいのとの両方でこの現象について中国の「仙道」をいろいろ調べたんです
が、この透明な粘り気のある「水分」こそが「大薬」だったのです。それを作法に
のっとり督脈、任脈に回し、「黄庭」に収めました。「大薬」は「気の光る塊」で
はなく「液体」だったのです。そして「大周天」とはどこかに書いてあるような
「気が全身にまわる状態」というようなあいまいな物ではなく、ちゃんと、その
「大薬」を任・督脈にまわし、「黄庭」に取り込む手法だったのです。まさに「大
周天」だったのではと信じています。(以上「仙人の庵」スレッドより)  

少し補足しますと、その年の初め頃から高藤流で「光の球」を下丹田に作っていた
のですが、まず最初に、3月下旬能登半島の温泉にいったら、その後「光の球」は
消えてなくなりました。この温泉はどうもラジウムのような放射性の強い物質を含
む温泉だったのではないかと思っています。その後1週間ほど「光の珠」の回復に
努めました。1週間ほど後にそれは回復し以前と同様な感じになりました。しかし
その後4月にはいって「区の検診」を受け、胃や肺のレントゲンを撮りました。そ
うすると再び「光の球」は消滅しました。X線の波長と「光の球」の波長が適合し
たのでしょうか?今度は再びばらばらに分解された感じでした。あの時は正直慌て
ましたが、取り返しはつきません。思い直して再度「小周天」を何度もやりまし
た。朝も夜も、失ったものを取り返すつもり、再度最初から取り組むつもりでし
た。そうしていると5月に入って、ある朝突然「大薬」が発生したのです。最初は
朝起きてみると、肛門から何か「液状」のものが出ているのを発見。何かヘンな病
気じゃないかと思いましたが伍柳派の「仙道」テキストを読んで、「これが大薬」
ということが判りました。さあ、それからの毎日が大変です。10分―20分ぐら
いの感覚でとめどなく流れ出してくる気体と液体の混ざったような半透明の物質
「大薬」。発生するのは判るのですが、その都度外に出さないように「汲み上げ」
小周天ルートを廻して、下丹田に収めなければなりません。会社にいる時などは、
その都度トイレに駆け込んで「汲み上げ」「周流」をやりました。やはりこの場合
は注意力が散乱しないように「瞑目」して「意識」で引っ張り上げていく作業とな
りますので、やはりトイレのような場所が必要だったのです。車内とか、喫茶店の
場合は座って「瞑目」していればいいのですが、オフィスではそう行かないからで
す。周囲の人はきっと変に思っていたに違いありません。こういう状態が1週間ほ
ど続き、1週間ほど後にぴたりと「大薬」産出は止みました。一度、昼間小周天ル
ートを回している時に、鼻からたらりと、その「大薬」が出てきたことがありまし
た。気体と液体の混ざったような半透明の少し粘っこい物質でした。
by yuugean | 2003-05-18 06:43 | 内丹法を修練する

「煉キ化神」或いは「大周天法」

◆「大薬の発生」
◆「へき穀」や「不眠」
◆「胎息の誕生」

さて第三段階は「煉キ化神」。この前の「小周天法」の段階で
は体内にある「精」を練って「キ」に換える修法を行いました。これは外気から取
り入れた「気」を練って体内の「精」と合体させ、それを熱して全く別の「キ」に
変換する修法です。「キ」と書きましたが、これは「蒸」の草冠のない文字。外字
にはあるのですが、このメルマガでは表示されません。体内で「気」が「キ」に変
わる重要性を知って頂きたくてあえて「キ」にしました。

さて、その時に大変重要なのは、「熱」です。このとき体内に「熱」を生ぜしめ
て、いわば体内の「気」と「精」をその熱で煮詰めて「キ」という別の「物質」
(液体状の気体?)に換えるのです。この「熱」を発生させる時に大きな役割を担
っているのが「武息」です。こうして体内に生成された「キ」を煉って今度は
「神」に変えていく。その行程が「煉キ化神」。砕けていえば「大周天」などを行
じる段階です。「大周天」では「気」(液体状のキ)を漏らさないことに注意しま
す。「気」(キ)は「精」よりさらに漏れやすいので、大周天では「気」(キ)が
散じていま一息のところで失敗する危険もあります。「大周天」の時には人体の
「精」と「気」はすべて「キ」(気)に変わってしまっているので、あとは「神」
と「キ」(気)の二つの成分が残っているだけです。

精を煉って気に変える「小周天」の丹功が完成すると、「入環」という過渡の段階
を経て、気を煉って神に変える大周天の丹法へと入っていきます。「小周天」では
いかに「精」を漏らさないかということが大切であり、内部の「精」を煉功して、
これを「気」(キ)に換える修法を繰返し行いました。「仙道」で大切なことは、
この「繰返し」です。最初に「気感」すらなかったものが,繰返し何度も行うこと
によって「気感」が明確になり、「呼吸法」で強弱を使い分け,繰返し意念を「下
丹田」にかけることで、そこに「気」を生じます。さらにそれを繰返し、督脈・任
脈にいれて周回することにより「小周天」が達成されます。その期間は約300日
とされていますが、これはひとつの目安です。「小周天」が達成され、「小薬」を
さらに300回、督脈・任脈に通しますと「大薬」が発生します。

それではこの第三段階「煉キ化神」の行程とは全体としてどのようなものでしょう
か? 「煉キ化神」の前半は「小周天法」の続きです。やがて時が満ちれば、ある
日突然「大薬」が体内に発生します。これを体外に出さないようにしながら、督
脈・任脈を通して下丹田に収めます。この間約1週間、昼夜を分かたず体内で発生
する「大薬」を督脈・任脈に通し下丹田に収めます。この「大薬の発生」は、仙道
の全工程の中でも最大級のイベントです。この「大薬」は今後「内丹」となり
「胎」となります。こうして無事「成丹」の後は「大周天」の行法を行います。そ
の後次々に「へき穀」や「不眠」の現象が現れ、今後の「坐忘」行にとって大変重
要な役割を果たす「胎息」状況が現れて来ます。

この第三段階は別にいえば「大周天」の修法。この時期どんな修練をすればいいの
でしょうか。ひとつのモデルをカリキュラムとして想定してみましょう。

 ?導引       5分 

 準備体操。理想的にいえば「八段錦」「伸長法」「24式太極拳」などあります
が、自習でやる場合基本的にはあまり固苦しく考えなくてもいいでしょう。これか
ら「大周天」の行を始めるに際して身体をほぐす為に何か自分にあった「動功」を
見つけてみましょう。もし「24式太極拳」などですと、ちょうどこの時間帯で終
わるし、「気」の運用も可能です。

?調息       2分

はじめに下腹をへこませながら長く吐けるだけ息を吐く。それが終わるとまたへこ
ませながら長く息を吐ききってしまう。おなかの中の息を全部吐ききるつもり。

?武息       2分

息を吸うときに下腹を膨らませ、ぐっとこらえて下腹に息をいっぱいに貯め、いわ
ゆる「蓄気満相」となる。肛門を閉め、我慢できるまで耐えて下腹を膨らまし続
け、限界まできたら、今度はできるだけゆっくりと息を口から細く長く出してい
く。やがて「陽気」(内気)が生じます。

?小周天      10分

これまで充分に「任脈」と「督脈」が開かれてきていると思います。この経路を呼
吸のたびに一回循環するようになります。小周天の行に入ったとたんに、「神」は
「気」の動きに付き従って「任脈」と「督脈」の2つの脈に沿って止むことなく巡
るようになっています。これを「大薬」が発生するまで繰り返します。「大薬」の
発生については次に記述しますが、「大薬」が発生したのち、約1週間の間「採
薬」をしたあとは「大周天」の修練に入ります。

?大周天      20分

「大周天」ではいわゆる「奇経八脈」といわれる「経路」に「気」を通して、開通
させていきます。「督脈」-「任脈」-下丹田―会陰と進みます。その後「両脚の
内側」を通って下り、足の裏を横断。今度は「両脚の表側」の脈を上行します。再
び「会陰」に達し、今度は背中の裏「督脈」を上行します。背骨の一番上の関節か
ら今度は「両腕の表側」の脈を下行します。中指の先端から「「両腕の裏側」の脈
に移り上行。腋の下に達すると今度は、「体の中心」を走る脈を下行して下丹田に
入り「大周天」の行法は終わります。「大薬」を採丹したのちは、この「大周天
法」を繰り返し行います。この行法を繰り返し行って「神」と「キ」(気)を煉っ
て「神」ひとつにまとめてしまいます。これが「二が一に帰る」といわれる中関仙
術です。
by yuugean | 2003-04-14 06:45 | 内丹法を修練する

「伍守陽と柳華陽」


◆「仙道を明解な言葉で」
◆「門戸にこだわらず」

伍守陽は明の時代、1574年に生まれ13歳で世の無常を感じ昇仙を望むよう
になったといわれます。20歳にして名誉と利欲の心離れ、科挙の成績の優劣を争
う気がなくなった。自分はぼろをまといつつ貧しい人達に衣服を与え、飢えた人達
に食物を与えて救ったといわれます。北宗の曹還陽から「内丹法」を直接伝授さ
れ、「天仙正論」「仙佛合宗」「金丹要訣」などの本を書き道教の中で密かに伝承
されてきた「内丹法」の修練方法をわかり易い言葉で説き、1644年77歳でこ
の世を去りました。

この伍守陽の理論を発展させ、「伍柳派」といわれる「内丹法」を完成させていっ
たのは清時代の柳華陽(1736-?)です。柳華陽は伍守陽がなくなって80年
ぐらいして生まれていますので、いくら仙道でも、とても直接の弟子とはいえませ
ん。伍守陽の残した「天仙正論」「仙佛合宗」「金丹要訣」などの書物によって伍
守陽の内丹法を知り、その教えを受け継いだのです。柳華陽は最初仏教の僧であっ
たので心情的には伍守陽の「仙佛合宗」的な考え方に近く、伍守陽の内丹法理論に
は同意するところが多かったのでしょう。

柳華陽は伍守陽内丹理論をさらに易しく解説し「金仙証論」を著しました。この書
物は柳華陽の処女作で、清の嘉慶四年(一七九九)に書かれました。この書物は専ら
小周天の修行を論じており、全体で二十章に分かれています。煉己・薬物・鼎器・
火候・効験(効果)・任脈督脈・防危慮険(危険防止策)など、小周天に関するテーマ
をすべてとりあげて徹底的に論じています。

伍守陽と同様に柳華陽も火候(火加減)を小周天修行のかなめと考えています。
「風火経」の章では記述が詳細にわたるのをいとわずに「火候」を説明していま
す。「火」は「煉丹の中心的存在であり、精・気を修煉する道具である」と述べ、
「このように内丹修燥は完全に水・火に依拠している」といいます。当時今では明
白な事実である「任脈督脈」という小周天の経路さえ秘密の事項とされていまし
た。そこで柳華陽は自分の練功経験と内丹書の記述を照らし合わることによつて、
「任脈督脈図」を描き、研究者たちに公開しました。これが有名な「任脈督脈図」
です。その図を明らかにした意図について柳華陽はいいます。「この図が公開され
れぱ、魔術師やエセ学者たちが人を欺いて身体を害する余地などたくたってしまう
だろう」と。

柳華陽のもう一つの著作「慧命経」は大周天・.小周天の両方を論じていますが、大
周天を論じた部分は特に詳細をきわめています。前の十四章が本文で、漏尽図・法
輸六候図・任督脈絡図・道胎図・出定図・化身図・面壁図・還虚図・集説慧命経・
正道修陳直論・正道功夫直論・正道禅機直論・雑類説・決疑などが含まれていま
す。後半には張紫陽の『八脈経』、陸潜虚・張三ボウの調息論、李湧虚の『後天串
論』と『九層燥心』が付載されています。柳華陽は自序の中で、「今私はわかり易
くしかも率直塗言葉で仏法の秘密をことごとく公開した。道に志す人がこの慧命経
を読めぱ、私から口伝を授かったも同然で、あとは誠実に修行を積み重ねてゆげば
よく、他の神仙の援助をうける必要などないのである」と述べています。つまり、
知っている限りの内丹修煉の秘伝は、あますところなく明解に説明しておいたの
で、他人の援助は必要なく、「慧命経」の記述に従って修煉し内丹を完成せよと説
いているのです。

伍守陽と柳華陽はこうして宋元内丹法の伝統を基礎にして、非常に平易な表現で、
内丹法の実際をあますところなく公開しました。旧来の内丹書が隠語や暗楡を多用
し、わざわざ詩に託してことさらに神秘的な殻をかぶっていたのと対照的です。さ
らに、伍柳派は門戸にこだわることなく、仏・儒・道・医各学派の理論をとり入れ
て内丹理論を構築実証しました。そのため彼らの学説は杜会性を帯び、学派を問わ
ず広く受げ入れられ、大きな影響力と名声を兼ね傭えた内丹書となったのです。
by yuugean | 2003-03-14 06:48 | 内丹法を修練する

「伍守陽の九つのタイトル」

◆「無心からのスタート」
◆「大薬」の採取、「出神」

伍守陽の「仙道内丹法」修行法を九つの段階に分けています。今回はこの九つの
段階についてみてみます。今日「伍柳派内丹法」として伝えられている「四段階の
修練法」、つまり「築基」「煉精化気」「煉気化神」「煉神還虚」の四段階の修練
法は明らかに伍守陽の九つの段階から来ています。

伍守陽の修行法の九つの段階。第一番目は「最初還虚」です。「還虚の功法はどの
ような状況に対しても無心であること。天地山川をみても、その形象は心にとどま
らず、他人や自分を見ても彼我の姿は心にない。一切は空。念慮はまったく生じ
ず、六つの感覚器官は静まり、ほんの少しの穢れもない」と述べています。この
「無心」という状況は修練において一番難しいはずで現在の「仙道内丹法」でも最
後に「煉神還虚」が置かれているのですが、伍守陽は修練に望む心の状態を非常に
重視したと言うことでしょう。「このように還虚の功法を続けると、過去・現在・
未来にわたる心の作用は停止し、瞬時に最良の悟りを得る」と述べています。

二番目は「真意」です。どの段階においても「意識」(神)の使い方が重要だとい
うのです。そして伍守陽によれば、真意を運用する功法には、動静兼用のものと、
静に徹し動を用いないものの二種類がある。「煉精化気」の段階では真意の運用に
は動と静があり、煉気化神、煉神還虚の段階では、真意は完全な静寂不動の状態に
なると述べています。三番目は「水源の清濁と真丹幻丹」。濁った水源で採丹して
も「幻丹」しか出来ないと言い放ちます。「濁った水源」というのは、後天に属す
る個人的な思惑や知見、つまり個我意識や後天的な感情に左右された「心」がまだ
残っている状態。そんな状態では「丹」が出来たとしても「幻丹」しかできないと
いうのです。伍守陽が修練するにあたっての「個我意識の完全排除」をいかに重視
しているかがわかります。

四番目は「火足候止火景採大薬侯天機」です。おもにどのような現象が現れたら心
火を止めればいいのかを論じています。ここでは「三百玄妙機周天」を提唱してい
ます。伍守陽は小周天を300回滞りなく回すと「火」が充足すると考えていま
す。小周天を回す時、「陽光三現」という現象が現れます。これは小周天を行う時
「部屋を照らすような光」が両眉の間から現れるという現象です。最初の「光」は
煉精化気の最初の段階、次いで300回小周天を回した時、二度目の「陽光」が現
れて「火」を止める時であることを知らせます。その後静かに入静状態を続けてい
ると三回目の稲妻のような「陽光」が現れるというのです。この三度目の「陽光」
は純陽の大薬が気根の中に出来た徴(しるし)だといっています。

五番目のタイトルは「採大薬天機」。伍守陽は歴代の内丹家の議論を総括して、大
薬採集に関して四つの学説があるといいます。しかしこれらは表現は違っていて
も、実際の功法はみな「目の光」を内側に向け、意識を集中して呼吸を定め、元
気、元神を温養していくものだと述べています。

六番目のタイトルは「大薬通関服食天機」。大薬が生じる際にはその兆候が出現し
ます。伍守陽は「そのとき六根は震動し、丹田は燃え盛り、両腎は沸騰、目から金
色の光が発射され、後頭部で鷲の鳴き声のような音がし、身体が震え鼻が痙攣す
る。これらは全て大薬発生を示す徴候である」と書いています。これらの兆候が発
生し大薬が生じようとする時には直ちに必要な手段を講じて、大薬が漏れないよう
にするべきだというのです。「そのとき、下では木座(木で作った栓)で肛門を防
ぎ漏れないようにし、上では木のクリップで鼻の穴をしっかり封鎖する」とやり方
を述べ、その後で「大薬」を「小周天」ルートを通して下丹田に収める方法を述べ
ている。

七番目のタイトルは「守中」。大周天のしめくくりの修行について述べています
が、下丹田に入れた「大薬」を温養し「元神」を培養することを述べている。八番
目は「出神景出神収神法」。下丹田で培養した「神」が純陽となれば、さらに中丹
田・上丹田に移動させ、じっくり乳哺・存養し「出神」のシグナルが現れるのを待
ちます。さらに最後の九番目のタイトルは「末後還虚」。九年面壁といわれる還虚
の修行について述べています。
by yuugean | 2003-03-03 06:49 | 内丹法を修練する



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧