遊化の森

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熱いトタン屋根に生きて

◆ 変動の時代に生き方変える
◆ 究極のシステムとは?
◆ 天地にあまねく光を取り入れる


それはさておき、このように生生流転する、変転極まりないものを追い求めて、さまよい続けるだけが人生なのでしょうか?そうではないのではないか?というのが私たちの提唱したいポイントなのです。私たちは、この地上に35億年も生きてきて、今日のもっとも繁栄した種をつくりあげながら、どういうシステムでそれが達成されているのか、ほんとうに核となるシステムは何なのか?気づいているようには見えないからです。ひとことで言えば、その核となるシステムが、この宇宙のはじめ、ビッグバンの時から始まった「熱と光」のシステムであることにまだ多くの人は気づいていません。

今日の科学はディテールにわたり、「粒子」から「量子」におよび実に多くの事実を解明してきました。にもかかわらず、私たちは相変わらずこの地上に生き、あらゆる生命のもとである「光」と「水」のシステムの恩恵をこの上もなく受けながら、そのことに気づこうとしない。気づいて、行動をあらためようとしないからです。もし人々がこのシステムを心から悟り、生き方を変えることが出来れば、人は多くの憂いから解放され「生・老・病・死」の苦しみから解放されるに違いないのです。この仙道メルマガ「天地の光」は今後そのことについて述べたいと考えています。

そして私たちは、この地上に最も普遍的な、あまねく「光」を体内に効率的に取り入れ、宇宙のシステムと一体化するには、大陸中国の秘奥で四千年のながきにわたって継承されてきた「仙道内丹法」こそが最も優れた修練法であると考えています。これまで「仙道内丹法」を修練して得てきた具体的な行法についても、回を重ねるごとに明らかにしていきたいと考えています。

この地上で現在もっとも繁栄している種は疑いもなく人類です。50億の個体がこの地上にひしめきあって、それぞれが明日の成功と栄光を夢見て、それぞれの闘争を繰り広げています。ひとつひとつの個体が感情をもち、喜・怒・哀・楽の捕囚となってお互いせめぎあい、それが「生・老・病・死」の苦しみとなって人間を存立させているのです。誰もその「生・老・病・死」の運命から逃れることはできず、それゆにこそ「人間」であるといえるのです。しかしそれがあるがゆえに、人間は多くの優れた機能をもちながら、きわめて不安定な、壊れやすい存在になっていることも事実です。

東洋的な宗教の多くは、この問題に取り組んできました。その中でも大陸中国の奥深く連綿と続けられてきた「仙道内丹法」は、肉体と精神を造りなおし、限られた生涯の時間の中で、これまでの生き方を改造することを目指した行法です。回をおってその詳細について述べてみたいと思います。
by yuugean | 2001-07-24 09:12 | 内丹法を修練する

熱いトタン屋根

 とにかく「暑い」毎日です。この暑さは、すでに日本が「亜熱帯」に組み込まれてしまっているような感じさえします。宇宙の側ではすでにそれが決まっていて、日本人だけがそれを知らない、、。と言う事があるかどうかは知りませんが、とにかく暑い毎日です。近頃では良く飲まれるドリンクも、熱帯系が多いとか。一時期、どうみても「熱帯性」のスコールが定期的に訪れましたが、徐々に地軸が動き始めているのでしょうか?
「恐竜」が滅んで、人類が生まれてきたころにも、おそらくそういうことがもっとドラスチックに起こっていたでしょう。私たちはその変化もまた地上を支配する「光」の領分が大きく変わったからだと考えています。同時にこの「光」を効率的に取り入れるシステムを人体が構築できたがゆえに今日の「人間」の存在があると考えています。いずれこのメルマガでも大胆にそういう「仮説」についても誤解をおそれることなく触れてみたいと考えています。

 さていまの日本の様子を見ていますと、まるで昨今の天気のように、まるで「熱いトタン屋根の上の猫」のような状態おかれているような気がしてなりません。
 いったいこの時代、このニッポンはどこへ行こうとしているのか?まったく先が見えない状態が続いています。企業や個人が例えさまざまな努力を行ったとしても、必ずしも予期される成果上げられないという状況が続いてきました。

 こういう中で人は、いったい何を信じて生きればいいのでしょうか?昨日の権力者は、今日は訴追される身になり石もて追われるという状態が、今日ほど顕著にあらわれていることはないでしょう。富もまたしかりです。あれほどネットバブルが叫ばれ、長者番付を争っていたベンチャー企業の多くが、時代が少しずれただけで、その富を半減させ、企業存立の時を迎えるような状況が続いています。

 まさに「色即是空」の世界です。この言葉は広く知られてはいますが、その本義がそれほど理解されているとは思われませんが、本来は「色」(かたちあるもの)は、必ず滅び「空」となるというような意味ではないかと思います。同時に「空」から「色」(かたちあるもの)が生まれます。そのアウトラインはまるで、現在の「量子論」そのものであるともいえます。「色即是空」だからこそ、権力や富、あるいは地位や名誉といった「かたちあるもの」に人生の全てを賭けてはならない、そういうものはまた必ず壊れ「空」となることを言っているのです。
by yuugean | 2001-07-21 10:22 | 2001



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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