遊化の森

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さらに「神」―「神」の運用

   
   

 ◆「気感」を出すための「意守」。
 ◆「神」の運用(意守)の要点はいかに脱力するか。
 ◆「仙道内丹法」と「自律訓練法」。


仙道内丹法の「神」(意識)の運用のなかで重要な技法は、気功の世界で「意守」
といわれる手法です。つまり「意識集中」です。気功では「下丹田」への「意守」
が基本的に行う動作ですが、これはつねに「下丹田」に意識を集中して、上半身が
まったく脱力した、力の抜けた状態に保つための動作です。最初この「意識集中」
は容易ではないかもしれません。しかし、繰り返し、繰り返し何度も行うことで、
「意識」はこの行を行う人の肉体の上に「形」となって現れてきます。「意識」を
何度も繰り返し集中して「意念」し続けていると身体がそのように微妙に変化して
きます。それが人間の生身の肉体と「意識」との微妙かつ絶妙な関係です。


仙道内丹法の第1段階「築基」の修練としてして「気を感じる方法」などもそのひ
とつです。まず部屋に静かに座って、両手の間隔を15-20cmぐらい離して、
掌を向い合わせます。両掌の中心(労宮のつぼ)から「気」が出ていることを、イ
メージして何度も「意守」(意識集中)を繰り返していると、やがて両掌からお互
いに出始めます。「気感」については個人差がありますので、出るまで何度も繰り
返すことが必要です。

これは仙道内丹法の行法すべてを通じていえることですが、「気感」を濃くするに
は、いかに全身の力が抜けているかということが大切です。通常の状態でも人間の
意識は本当はかなりの緊張状態にあります。日常あまりそれを感じていないだけで
す。それすら感じられないほど人間は意識の「緊張状態」に慣れてしまっているわ
けです。それぞれの人間ひとり異なった「意識」の経路のサイクルがあって、日常
生活の中で人は無意識のうちに、自分の意識の経路サイクルの中をぐるぐる回って
います。それは以前にも少し述べたように人間が生れ落ち、幼児期を過ぎて、さま
ざまな体験、人間関係に出会うことで形成されていきます。誰ひとつとして同じパ
ターンはありません。多くの人は幼児期・少年期に形成された意識の経路サイクル
の中を一生ぐるぐる回り続けているだけです。その中で、ある人は特定のタイプの
人間や特定の事態に異常に神経質になったり、また無神経にも周囲にトラブルを撒
き散らしたりしながら生き難い人生を送ったりして、生命を縮めるのです。

「トラウマ」もそうですが、ひとりの人間が生きて体験してきた(ことに幼・少年
期)、もっと微妙なひとつひとつの感情が無意識領域にきちんとしまいこまれてい
て、それが日常生活にも常に顔を出して、気づかないうちに意識の「緊張状態」を
生んでいます。ソクラテスは「汝自身を知れ」と言いましたが、もっと綿密にいえ
ばひとりひとりが自分の「意識」の経路サイクルが何であるかを知るべきです。そ
うすれば無駄な争いをやめ、無駄な努力をやめて自分の中の「自然」のままに平和
に生きる道を選べるはずです。

さて日常生活で知らず知らず出てくる「意識の緊張状態」は、「気感」を認識する
ことを妨げます。からだが全く緩まなければ、人間の身体の中にある「気」も充分
には発動してこないからです。これまで述べてきたように「意識」の緊張は「体」
の緊張を生んでいます。だから逆に「身体」の緊張をとれば、「意識」の緊張もほ
ぐれて、本来の人間の姿である「気」や「精」「神」の状態が正しく保たれる様に
なるのです。「身体」の緊張をとるために「太極拳」などでは「スワイソウ」とい
う、まったく上体の力を抜いた形で、腕を回します。これはまず「身体」の緊張を
取るためです。気功(静功)でも「ホウショウ」という全く「脱力」した状態を作
り出します。それが行の最初の技法です。

「身体」の緊張を取り「意識」の緊張を取る。現在のような殺伐とした世相では大
変重要な事ですが、いうは易く行なうは難しです。ただこのことは仙道内丹法の全
般を通じて重要な技法なのでぜひわがものとされるようお勧めします。私の「お勧
め」はシュルツの自律訓練法です。これは「意識」をかけて身体の各部位をリラッ
クスさせ、緩めていく方法ですが、日常生活のいろいろな分野にも応用がきくもの
です。たとえば勉強に集中したいとか、人前で緊張したり上がらないようにしたい
とか、コップを持つ手が震えないようにしたいとか、ゴルフのスコアをあげたいと
か、運動能力をアップさせたいとか、人々はそれぞれ他人には相談できない「悩
み」を抱えているものです。そんな場合、このシュルツの自律訓練法は役に立ちま
す。もちろん「仙道内丹法」の「築基」の段階に練習すれば「気」を感じることも
容易になるはずです。

この「自律訓練法」は自律神経を訓練して知らず知らず身についてしまった個人の
「意識経路」を解きほぐし、身体を緩めることで神経の緊張を解きほぐすためのも
のです。」ご存知の方も多いと思われますが、その「概要」を述べてみます。 自律
訓練法は、リラクセーション(緊張緩和)を目的としてドイツのシュルツSchultzが開
発した心理的・生理的療法のひとつです。 この訓練法は催眠との関係がとても深い
ものです。催眠には疲労の回復や心身の健康獲得という効果があると考えられてい
ますが、自律訓練法ではこの「催眠」の状態を、ある種の公式を用いた「自己暗
示」によって再現することにより、治療的効果を期待したものでした。

ここでは、スタンダードなプログラムを紹介しますが、 まず心構えとしては、 プ
ログラムの間はなるべく「無心」でいるように心がけること。このプログラムでは
ご自身の頭の中(意識)にいくつかの「公式」を唱えるのですが、その公式に対し
て「受け身」の姿勢をとってみてください。 「完全受身」の状態にあることが必要
です。環境は 外部から伝わるあらゆる刺激(五感による)を極力少なくするため、静
かで、あまり明るくなく、風通しのよい部屋を選びます。 服装もパジャマのよう
な、体を締めつけないものがよいでしょう。 夜寝る前や、朝起きたときにベッドや
布団の上でやることも出来ます。もちろん昼間、少し時間を見つけて、公園や喫茶
店のようなところでも、「公式」を意識して繰り返していくと、だんだん身体が
「公式」のイメージした状態になっていきます。イメージを呼び込む「公式」を意
識の中で繰り返し思い浮かべることが大切なのは「仙道内丹法」と全く同じです。
回数や頻度 は1日に2-3回行うのがよいと思われます(朝・晩 or 朝・昼・晩)。 1回
のトレーニングの目安は、60秒×3セット。計3分ぐらいでしょうか。もちろんそれ
以上繰り返すことも可能です。

それでは実際に「自律訓練法」をやってみましょう。 姿勢はベッドや布団の中だと
寝ながら、戸外だと軽く椅子に腰掛けた感じでいいでしょう。とにかくリラックス
することが目的ですから、あまりそういった状況にはこだわらなくていいと思いま
す。 椅子の場合はまず、両足は肩幅、両手首はふとももの外側へ自然に垂らしてく
ださい。 背筋をピンと伸ばした後、一気に全身の力を抜いて肩・頭を落とし、リラ
ックスした姿勢をとります。 ベッドなどの場合は仰向けになり、全身の力を抜いて
リラックスします。 両足はV字型に軽く開きます。場合によっては両膝の下にクッ
ションなどを置くと腰部の緊張を和らげるでしょう。 両腕は胴体に触れないよう、
軽く開いて伸ばします。てのひらを開いておきましょう。 全身をリラックスさせま
す。 できれば目をつぶります。

自律訓練法は,こうした軽く目を閉じた状態で,決まった言葉(公式)を呪文のよ
うに心の中で唱えます。声は出さずに心の中で繰り返すようにします。「意識」に
対して働きかけそれが「形」として現れるまで何度も「意識」の中に痕跡をつけて
いくわけです。この「公式」には次の7段階があり、それぞれが「意識」への非常
に簡単なメッセージです。
次の各段階を順次修練していくのですが次のような簡単な「公式」を意識し、受け
身の姿勢をとって、1回60秒ほどかけて修練します。その「公式」というのは;

  ?背景公式  「気持ちが落ち着いている」
  ?第1公式  「右腕が重たい→左腕が重たい→両脚が重たい」
  ?第2公式  「右腕が温かい→左腕が温かい→両脚が温かい」
  ?第3公式  「心臓が規則正しく打っている」
  ?第4公式  「楽に息をしている」
  ?第5公式  「お腹が温かい」
  ?第6公式  「額が心地よく涼しい」

の7つです。背景公式は時間をかけずに4,5回繰り返すうちにスタート時点での
気持ちの状態(落ち着いているとかイライラしている)を確認したら,第1公式に
進みます。 第1公式以降は,2~3分でそれぞれの反応(重たい,温かい)が出る
ようになったら,次の公式を付け足していきます。訓練を一日3回ずつコツコツ行
うと,第6公式まででも2~3分でできるようになります。


どのくらいでできるようになるかは,個人差がありますので明確には言えませが,
第2公式までを2,3週間でクリアーするのが普通です。第2公式まで出来るよう
になると,心と身体の力(緊張)がほぐれ,リラックスした気持ちの良い状態にな
ります。自律訓練法では最初「重さ、暖かさ」を両腕、両脚にイメージしますが、
これは意識する筋肉のし緩 の標準練習です。心身がリラックスする時はまず、手足
の筋肉が弛緩します。その状態は、なんとなく手足が重たい、という感覚でとらえ
られます。次に、筋肉が弛緩すると、血流が良くなるために手足の皮膚温が上が
り、ほんのりと暖かさを感じるようになります。これを、意識の方から手足が重
い、暖かいと自己暗示を加えることで本当に心身がリラックスするのです。

そしてひとつの「段階」を完全にマスターできたら、次に進みます。決してあせら
ず、順次進んでいきます。
終わったら、必ず消去動作(覚醒のための動作)を行ってください。これを行わない
と、普段の生活状態に支障をきたすことがあります。 目を閉じたまま、拳を握り
、両肘を脇腹に引きつけ両腕を強く曲げます。 次に両方の拳を勢いよく前に突き出
しましょう。これら.の動作を3回繰り返してください。 1回、深呼吸を行います。
目を開けます。
両腕・両脚に温感が得られたら、??までの公式をまとめて、「気持ちがとてもお
ちついている。両腕・両脚が温かい」という言葉に変えます。 手足は温かく、頭は
涼しいという概念は気功などでも同じです。 この公式は、頭痛、高血圧、脳波異常
、てんかん、動脈硬化、その他の心臓血管系の疾患、および頭部外傷のある方は行
わないでください。

自律訓練法では練習中に「自律性開放」と呼ばれる副作用的な症状が現れることが
あります。例えば「肩がこったような感じ」とか、「肘の疼き」などです。 このよ
うな症状が起こった場合、通常の公式に加え、「肩凝りが消えていく」「肘の疼き
が消えていく」というような、症状に合わせたフレーズを使うと、症状が消える場
合があります。 練習を続ける中でこれらの症状が改善されない場合、練習を中止し
てください。練習を続けたい場合には専門家のアドバイスを受けましょう。 スタン
ダード プログラムには、上記で紹介した公式以外にもいくつかの公式が用意されて
います。興味のある方は類書を読まれるか、詳しい専門家の方に指導をお受けにな
ることをおすすめいたします。

これを修練した方は「仙道内丹法」と「自律訓練法」とはともに非常によく似た局
面をもっていることに気づかれるでしょう。それはこのふたつの手法が「意識」と
「肉体」の双方の深い結びつきを利用して、外界の影響を受けることの少ない「精
神」「肉体」を作り上げていくという点です。それと同時に「仙道内丹法」と「自
律訓練法」は,自分自身でいつでもどこでも行える特徴があります。日常生活の多
様な場面で行うことのできるセルフコントロール法であり、肉体と意識(精神)の
双方を鍛える技法なのです。
by yuugean | 2002-01-30 17:37 | 内丹法を修練する

 再び「神」について    

    ◆果たして「意識中枢」はどこに?
 ◆「陽神」とは何か。
 ◆「仙道」究極の目的。

前号「番外編」では、メルマガが遅れている理由について、主として個人的な
原因を述べてしまいました。これはきわめて「個人的な、あまりに個人的な
」理由であって、その見方・感じ方に多くの賛同が得られるとは決して思われ
ません。ただほんのささやかなものであろうと、こころを横切るものを、いさ
さかの虚飾なく素直に表現しようというのが私の趣旨ですので、ご理解くださ
い。このメルマガ「天地の光」は東京・杉並区の一室からお送りしているので
すが、私のいるアパートはバブル時に20億円もの金を借り、返せなくなった
所有者が引き下がって、銀行がこれから処理をしょうという物件で昨年末頼ま
れて入居しましたが、この地相がいかにも暗い。それだけ何かマイナスの気に
満ちていました。しばらくは苦闘が続くと思われましたが、「地竜法」ともいう
べき「土地の浄化法」を三回ほど執り行うと、きーんきーんという耳にうるさ
い金属音はしなくなり、坐忘時の集中も嘘のように旧に復しました。やはり「仙
道」は偉大であるということを身をもって知りました。修行の場―それが公園
であっても、図書館であっても、自室であっても、この方法を応用すれば必ず
やその場の「気」を浄化し、いい方向に持っていけると思います。

さて「仙道内丹法」の修練の最初の階梯は「築基」。そして、「内丹法」は「精」
「気」「神」の三つを練り上げて、結果的には「神」ひとつにする行であると申
しました。
そこで前々回は、「三種の神器」である「精」「気」「神」のうち「神」について、
その周辺について書いてみました。なぜ最初から「神」にこだわって書くかと
いいますと、この「神」(意識)がわかれば「仙道」がよく理解できるのではな
いかと思うからです。今後「仙道内丹法」の修練を続けていく場合に、やはり
いつも「神」の存在が大きく立ちはだかってくるように思われるのです。この
「神」(意識)という存在は、通常はわれわれ人間が知恵を持ち始めるようにな
って社会の一員となり、営々と育ててきた意識(知恵、感情、想像力、潜在
意識など。これは仙道では「識神」といいますが)です。「仙道」ではこれら全
ての「識神」を捨て去って、宇宙自然の意識(「元神」)と一体化する道を提
示しています。

この「神」(意識)の問題は実は今後21世紀「脳科学」の分野の最先端テーマ
になってくる気配があります。ノーベル賞を受賞した科学者達がこの問題に取
り組み、脳の機能以外に「意識中枢」というべき存在があると提唱しはじめて
います。脳そのものをいくら機能的に分析していっても「意識」(神)の問題は
解決しないということに気づいたのです。それでは「意識中枢」というのはど
こにあるのでしょうか。これからの研究テーマになると思われますが、いわゆ
る「脳」の中なのでしょうか?多分そうではないでしょう。おそらくその帰結
するところは、これまで人間の肉体のなかにぴったりはりついているといわれ
てきた「意識体」という存在ではないでしょうか?もしその存在が「科学」に
なれば、「アストラル体」や仙道でいう「法身」という存在と同じところにいき
つく可能性があります。仙道家やヨガ、心霊家たちがこれまでインスピレーシ
ョンでその存在を予知してきましたが、それがいまは科学が「意識中枢」の
名で追及していこうとしているように思えます。

もうひとつ。仙道内丹法の目指すところは「陽神」づくりにあるといわれます。
仙道のあらゆる修練はまずこれを作り上げるためにあるのですが、日本ではど
うも「陽神」という言葉が独り歩きしているように思えます。「陽神」を具象的
な「陽」の「カミ」であると考えられているムキがあるように思えます。誤解
されやすいのは「神」の文字で日本では一般的には「カミ」。そこで具体的な「カ
ミ」の形をした神体が考えられたりしています。

しかし私が考えるに、これは「意識体」が完全に「陽」になった状態をさすと
思われます。「陽神」というのは、すべての「陰」を滅却した「意識体」にほか
なりません。そのため「仙道」では「大周天」以降の修練で「下丹田」「中丹田
」「上丹田」の順序で「意識体」を「完全なる陽」にしていくのです。「陽」と
はなにかというと「陰」なる部分がないということ。通常人間の内部には肉体
的にも精神(意識)的にも「陰」と「陽」がとぐろを巻くように存在していま
す。「陰」というのは何かというと肉体の「ぶれ」(揺れ)や「精神」「感情」の
「ぶれ」(揺れ)を生む意識です。「精神・感情」の「ぶれ」(揺れ)の部分は「喜
怒哀楽」という感情を生み、それが「生老病死」のもととなるわけです。そこ
でこの「陰」の部分を肉体的にも、精神的(意識的)にも完全に駆逐して「陽
」の部分のみにしていこうというのが「仙道」のカリキュラムの目的なのです。

まず肉体を「純陽」にするために「小周天」を修行し、「精神」(意識)を「純
陽」にするために「大周天」を修します。
「陽神」というのは、こうして「純陽」となった「意識体」のことであり、最
後は「上丹田」において総仕上げをやります。時間をかけてやる、その修練が
うまくいけば、「意識体」は「肉体」から独立して外れるようになります。そし
て「身外身」として「肉体」の外に運ぶことができるようになるのです。

仙道において「陽神」の形成というのは、「識神」(通常意識)の中から、感情
や幻影や妄想や潜在意識を生む「陰」の部分を完全に滅却するということです。
よく仙道修行の過程においてイメージを多用する流れがありますが、イメージ
法は小周天段階の一種の便法としてはいいとしても、イメージによって形成さ
れるものは「幻身」でしかありません。仙道の本質がイメージや妄想を排除し
て「完全な陽」の意識体を作ることにあるからです。何のイメージも起こらず、
何の感情も湧かず、何の夢も見ない。こういった一種のバグを全て滅却して、
自然(あるいは宇宙意識)のなすがままに任せる。これこそが「陽神」の世界
であり、「神」(意識)を「虚」(虚空)に還す仙道の行法なのです。
by yuugean | 2002-01-22 17:41 | 内丹法を修練する

昨年から新年へ

  
 ◆何もかも新しく。
 ◆パソコンも環境も、、。
 ◆暗かったニューヨーク。

新年おめでとうございます。こんなに遅くなって新年の挨拶でもないのですが
昨年暮れ12月10日頃から、いろいろ変化がありまして、まずコンピュータ
がダウン。まったく新しくwindow95からwindowxpにしたら、ADSLのソ
ータとOSとが不具合で遂に正月休みについにインターネットに取り組めずで
した。次になぜか急にニューヨークに行ってしまいました。これも強行軍であ
まりいい印象はなく、街はやはり暗い感じでした。

同じ頃、なぜか仕事がらみですが家族と離れて住むことになりました。家族は
すでに皆、自立しているので問題はないのですが、私にとって修行の行き着く
ところは「出家」のさだめだったのかと思ってしまいました。そして仕事がら
みで都内の古いアパートに住んだのですが、これが今から思えば一筋縄ではい
かない代物でした。はじめ夜には異常に冷えるので、建物のせいかと思いいろ
いろ対策を講じましたが、やがて瞑想(坐忘)していると、うるさい耳鳴りの
ようなきんきんした音が異常にして集中を妨げる。しかし街の喫茶店や電車の
中ではいつもどうり集中して瞑想(坐忘)できるのです。自宅にいたときは、
坐忘に入ると、足の裏がじんじんしてきて脳の部分に圧力感のある透明な集中
スポットが現れてくるので坐忘の深度がはかれたのですが、このアパートの一
室ではそれが全くできません。邪魔されているのです。

これはきっとここにいる「地縛霊」のせいだと気づき盛り塩をしたり神棚を作
ったりしました。そして5日ほど前の夜、寝ていると弱弱しい「手」が僕の体
のところに上ってきたのです。次の日、僕はいつも自分流でやっている「浄霊
」を瞑目して行いました。するとかなり深度が進んだ時、まず二体の弱弱しい
霊体(1体は黄色ぽく、1体はグレイ)が出てきて、成仏へ向かって上がって
いきました。そしてその後、こんどは真っ黒な霊体がなかなか出ようとしませ
んでしたが、いろいろ手を尽くしてやがて成仏に向かって上がっていきました。
そして今朝は、人間ではない長い黒い霊体を成仏させました。つまり、この部
屋ではまず心中があって、その後だいぶ後で自殺があったのではないかと考え
られます。さらに遡って、このアパートの土地そのものがあまり浄化されてい
ない。多分「巳」を祀った社のようなものを取り壊して建てたように思われま
す。そこで私はいろいろのことを試みました。神道流の祈りや真言密教の「十
八道行法」(これは以前真言宗の和田仙心先生から頂いた資料に則って)、そし
て以前から私がやっている「浄霊法」。

これまで時々ですが憑依してくると思われた「浮遊霊」に対してはこの浄霊法
で何度も難を潜り抜けてきましたが、今回のように明らかに「地縛霊」である
のは初めてです。本当は私自身あまり「霊」の話は好きではありませんし、完
全に信じきっているわけでもありません。しかし仙道をやっていくうえで感覚
が鋭くなって、聞こえないものが聞こえたりすることは確かですし、自分に降
りかかってくるものだけは振り払わなければと思っています。これまで、少し
滞在したホテルの暖炉の下から夜、筋骨隆々の男が出てきて、ものもいわず
部屋の壁を通り抜けていったり、あるいは昼間話しかけた老木が夜になって
来て、わたしの背中にべったりとくっついていたりしたことはありますし、
市中で憑依霊と思われるものを拾ってきたこともあります。そういうときは
自分流に「浄霊」したものでした。

自分流のやり方ですが彼らは「浄化」したのでしょうか?いま坐忘をすると、
以前のように足の裏のじんじん感や脳中の透明な圧力感が再び感じられるよう
になりました。ただやはりこの土地が不浄であるようで、まだまだ残存してい
ます。最近では「私はただ仙道の坐忘をやりたいだけ。邪魔をせず協力しろ
」と呼びかけるようにしています。これも私への「試し」のひとつではないか
と考えるようにしているのです。

そんな事がいろいろあって、この仙道メルマガ「天地の光」も遅くなってし
まいました。その上パソコンが動くようになったら、今度はホームページソフ
トが動かない。さらにこのソフト会社が昨年末別の会社に変わって、サポート
が全然できないという状態。そこでとりあえずこの「メルマガ」だけでも入れ
たいと考えた次第です。ご了承ください。次回からは正常に「築基?」から書
いていきたいと思います。
by yuugean | 2002-01-20 17:53 | 2002



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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