遊化の森

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   「気」の運用

◆身体を整え、心を落ち着かせる呼吸法。
◆ 「納気」-「蓄気」-「吐気」を繰り返す。
◆ それが仙道服気法の基本。

さて内丹法の築基段階は、部屋に入って静かに座ります。身体を調え、心を調
え、念を止めて竅(特定のつぼ)に意識をかけ、リラックスして、静かで自然
であるようにし、心と呼吸が助け合うようにすることがどの段階でも基本です。
こういう状態・姿勢で「仙道」の修行は始まりますが、まず「服気法」につい
てみていきましょう。

仙道の「服気法」は通常の「呼吸」とは大きく異なります。基本的には納気(外
気を吸うこと)、蓄気(体内に気を溜めること)、吐気(気を体外に放出するこ
と)の三つの動作を「観念」を伴いながら行うのが「仙道」の服気です。
大陸道観で伝承されてきた「服気法」には様々なものがあり、ある流派の伝え
る「服気法」には36通りのやり方があります。そのひとつひとつについて
は修練道場で学ばないと身につかないでしょう。ここでは最も基本的な「服気
法」について述べてみます。

?姿勢 まず「服気」の基本は姿勢を正しくすること。服気にはすべて観念が
    伴っているので、姿勢がゆがんでいると「観念」もまたゆがんでしま
    うからです。盤坐(あぐら座り)を組み、両手を握固(親指を中に曲
    げ、残りの四指でこれを握り締める)し夫々膝頭の上に置きます。な
    お握固は仙道の手指の基本的な握り方です。両目を軽く閉じ、背骨を
    まっすぐに伸ばします。
?納気 一切の雑念を払い、腹の皮が背中にくっつくぐらい下腹を縮めて息を
    吐き出します。そして右手の握固を解き、その手を鼻に持ってきて
    親指で右の鼻腔を閉め、左の鼻腔から納気します。このとき少し背中
    をまげ、息を下丹田にいれ、次に背中を伸ばしつつ中丹田にいれ、最
    後に背中を元通りまっすぐに伸ばして胸―肺にまで入れます。
?蓄気 三段階に納気し終わると、息を止めたまま直ちに声門と肛門を閉め
    左の握固を強くして、両足指を締めます。つまり体内に入った納気
    を一滴も外に漏らさないように一気に出口を閉めます。次に今吸い
    納めた大気を「白煙」であるとイメージし、その「白煙」を延髄から
    背柱の左側を通して前立腺へ運び、ここに宿っている内気と混合させ
    ます。それをさらに脾臓に運び上げ、そこに宿る内気を加え、次に
    副腎へあげ、ここの内気を交え、さらに胸腺へ上げてここの内気を加
    えます。次に甲状腺へあげ、内気を加え、次に脳下垂体へあげてここ
    の内気を加えます。最後に脳天に上げ、そこから直ちに下腹部の太陽
    叢に下ろしてここに蓄えます。この動作を一気に一筆書きの要領でや
    るのですが、内臓や内分泌線など正確な場所にこだわるより、それら
    の臓器の内気と納気した外気を混ぜ合わせて、体内ルートを通し下丹
    田に蓄えるというイメージ(観念力)が大切です。以上の動作を一気
    に息を止めたまま行います。この状態を満相といい、「蓄気満相」と
    唱えながら(心で)一気に動作します。
?吐気 次に反対の鼻腔を中指で締め右の鼻腔を開き、徐々に息を吐き、最後
    に腹の皮を背中につける思いで息を全部吐ききります。次は右の鼻腔
    から納気して、同様に蓄気―吐気を行います。これが1呼吸で、これ
    を3回ぐらい繰り返します。時間の配分は納気(4)、蓄気(8)吐気
   (6)ぐらいが目安ですが、是にこだわる必要はありません。

以上は大陸道観で伝承されてきた基本的な「服気法」ですが、この「納気」-
「蓄気」-「吐気」というシステムが仙道服気法の基本であり、これを少し簡
略化した方法が一般に行われることがあります。それは…。

?納気 まず腹の皮が背中にくっつくぐらい下腹を縮めて息を吐き出
    します。つぎにできるだけ時間をかけゆっくりと鼻から納気します。
    吸い入れた気が全身に行きわたるようにイメージします。
?蓄気 次に下腹(下丹田)を出来る限り、膨らませて気をここに満たします。
    その時には肛門と声門(のど)を締めて気をのがさないようにします。
    できるだけ長い時間蓄気をおこないます。
?吐気 それが終わると、しずかに鼻腔からゆっくりと気を出していきます。
    できるだけゆっくりと細く長く息を出していきます。

最初は納気―蓄気―吐気に要する時間も短くなりがちですが、なれるに従い、
ゆっくりと自然に、長い時間かけてでいるようになります。以上の方法で5
-6回行います。
by yuugean | 2002-02-26 17:32 | 2002

 続いて「気」―「気」の運用

  ◆地球は10ミクロン前後の光の世界。
 ◆閉じた「奇経」を再開する。
 ◆服気法と導引法。

さて「気」というものの存在を、何に依存して説明していくかということにな
ると大変に困難な問題を含んでいます。しかしこの「気」というものについて
明確な論拠がなかったら、私達が修練する「仙道」などは存在しないのです。
それだけに曖昧にしておくことは出来ないテーマであると私は考えています。
この「気」の存在。中国やインドで古来から認識されてきた存在。これは少な
くともニュートン論的な解明では達成できない存在であることは確かです。や
はり量子の世界でないと説明できないものを多く含んでいます。つまり広範囲
の意味での「光のふるまい」の世界です。
その「光のふるまい」の世界について考えると、簡単に言えば私達の棲息して
いる地球環境というのは4-14ミクロン、なかでも10ミクロン前後の眼に見え
ない「光」の世界なのです。度々書いてきましたように、私達生物は、この「目
に見えない光」の海の底に棲息しているのです。この「光」こそが「気」その
ものであると私は考えています。
地球には様々な光が射し込んできます。なかでも太陽からの赤外線は太陽の熱
を地球まで運んできます。この「熱」によって地球環境は熱せられますが、同
時に二次的に地球環境自体が独自の熱(温度)環境を作り出します。温度的に
言えばプラス50度(摂氏)からマイナス50度(摂氏)ぐらいまでの熱環境
の中で地球上の生物は棲息しているのです。この「熱」環境は同時に眼に見え
ない「光」を恒常的に放射しています。これは「光」的にみれば「4-14ミクロ
ン」の波長の光を放射している世界です。
これまで、この波長帯の「光」と様々な対象との「相互作用」についてはほと
んど研究されて来ませんでした。科学の世界の現状を見ると、まるでこの種の
「光」は「相互作用を起こさない」と考えているようにさえ見えます。まだ手
つかずの領域です。それはまず、明確な「メカニズム」の理論が想定されてい
ないからです。
しかし真実の地球環境が持っている、この「光」の環境が、果たしてそこに棲
息する森羅万象に対して「相互作用」をなさないというようなことがあるでし
ょうか?全く逆です。おびただしく間断ない10ミクロン前後の「光」からの
「作用」を受けて、そこに棲息する森羅万象は、おびただしく間断ない「相互
作用」を行っているのです。生命現象そのものがその「相互作用」であると考
えてもいいくらいです。
ひとつの例で考えますと人間には自律神経といわれる意思によって左右されな
い神経があります。心臓を動かし生命現象を維持している神経です。この神経
は一体何によって動かされているのでしょうか?私は「仙道」的な経験からも、
この「自律神経」は「気」(真実は「光」ですが)との「相互作用」によって動
かされていると考えています。「光」は電磁波です。つまり電場と磁場が交差し
ながら直進する波です。地球環境が発する「光」は電気部分で見ると、1秒間
に10の13乗回も電場が変わる「波」なのです。プラス・マイナスの電場が
それくらいの速度で変転している「波」、それが「気」(つまり「光」)なのです。
この電場・磁場の変化に対応して動いているのがヒトの「自律神経」ではない
かと考えています。「仙道」を修練していって、いわゆる「心身脱落」が容易に
なると、「心身脱落」の状態で、体内で規則的に動く「波動」を感じることが出
来るようになりますが、これはたしかに宇宙(気)の動きに対応して動いてい
る波動であると思われます。
さてこの「気」(光)をいかに効率的に人間の体内に取り入れていくかというこ
とが、古来から「気功」-「仙道」の課題であったわけです。地球環境に充満
した「光」(「気」)を人間の体内に取り入れるためには、ルートを開発し、整備
し、強化することが必要です。以前にも書きましたが、人間が生まれる前「胎
児」の段階では、口・鼻での呼吸はしませんが、母親の体内に存在する「内気」
を取り入れるルートが存在するのです。胎児はそのルートから「気」を取り入
れることで全身で一種の呼吸作用を行い、自ずから自然治癒能力を身につけて
いるのです。そのルートが「奇経八脈」です。エネルギーセンターとしての「精
宮」(チャクラ)もまたそうです。
このルートは人間が誕生してしばらく(6歳ぐらいまで)はまだかすかに働い
ていますが、それ以降は閉じてしまいます。人間そのものが生育するために、
もっと大量のエネルギーが必要になり、同時に自己意識が強大になってくるに
つれて、そのルートは閉じてしまい、食物摂取や口・鼻での呼吸を盛んにして
エネルギー補給を行い、いわゆる正経による「気」の周流を行うようになりま
す。このエネルギーシステムは大量のエネルギーを取り入れ、消費しますが、
同時に体内に大量の排気ガスも生み出します。「自己意識」が強大になり、排気
ガスが体内に大量に貯まるようになると「生・老・病・死」の苦しみが始まる
のです。
その状態を「リセット」し、もういちど「胎児」状態に戻すことが「仙道」の
目的です。そのために「気」が自然に周流するルート(奇経八脈・精宮)を意
識的(つまり「神の運用で」)に開発していくのです。
「仙道」では、最終的にこのルートを開発していくために、基礎づくりの段階
で「服気法」や「導引法」を修練します。これらの修練は「仙道」の全教程を
通じて行われるべきものですが、これらの修練を通じて「仙道」むけの呼吸づ
くり・身体作りを行っていきます。これらの具体的方法については、さまざま
な類書に記述がありご存知の方も多いと思いますが次回にその概要を述べてみ
ます。
by yuugean | 2002-02-24 17:34 | 2002

仙道の三つの宝―「気」。  

 ◆なぜ人の人生に「波」があるのか。
 ◆ビッグバンの時から始まる「波」の運命。
 ◆「気」は「光」。

世相を見れば。ついに田中真紀子外相が更迭されましたが、夕刊新聞では「田中氏
の逆襲」の文字が躍っていたりします。中には「田中・小沢が合体」という観測を
する夕刊紙もあったりして、、。個人的には何の感想もないのですが、私流に感じ
ることは、この両者はその心情において似たものがあると思っています。富士山の
ように遠くから見ると立派に見えるが、近づくと岩山ばかりの醜い殺伐とした風景
が、この両者にはイメージされるのです。もう何年も前、都内のホテルで朝食会が
あってその時のスピーカーは、当時自民党幹事長であった小沢氏の腹心と言われた
熊谷氏(現民主党幹部)でした。熊谷氏は当時「小沢さんは偉大な政治家。ソ連の
書記長とも“差し”で交渉できる」と大変な持ち上げ方でした。私自身はその時も
なぜか鼻白む思いでしたが、その後の経過を見ると、小沢グループが立ち上げた
「新党」もその後四分五烈して、かの熊谷氏も去りいまや小沢氏一人ぼっちです。

田中真紀子氏もあれだけ一般人気がありながら、政界でもファミリーの中でも一人
旅です。一度はその「理念」に賛同して近づいてきた多くの人達も、あまりにその
「個性的自我」が強烈すぎて「理念と現実」との乖離に離れていってしまうので
す。こういう彼らの裡の「理念と現実との乖離」はいったいどうして形成されるの
でしょうか?私が思うに、このお二人理解のキーポイントは「父親」です。潜在意
識の中に「父親」に敵対する思い、母親に同情する思いが強烈で「父親」を凌駕し
なければならない強迫観念がいつも無意識のうちに彼らを動かしているのです。父
親や母親も死に、すでに生まれ育った家庭の中の緊張関係も消えたのに、感受性の
強い時期に彼らの心の奥深く刻み込まれた「緊張関係」は今も、周囲の人々と和解
し理解しあっていくという行為を拒否しているのです。前回のメルマガで「それぞ
れの人間各自に異なった「意識」の経路のサイクルがあって、日常生活の中で人は
無意識のうちに、自分の意識の経路サイクルの中をぐるぐる回っています。誰ひと
つとして同じパターンはありません。多くの人は幼児期・少年期に形成された意識
の経路サイクルの中を一生ぐるぐる回り続けているだけです」と書きましたがまさ
にそのパターンです。最近失意の引退をしたダイエー・中内功さんの場合も恐らく
同様でしょう。気になるのは記者会見での「私の人生は何ひとつ楽しいことはなか
った」という発言です。昭和を代表する偉業を成し遂げながら一日一時も、心が安
寧でなかったということでしょうか?

こういう事態を回避するには、どこかで走り続けるのを止めて、自己の意識の中に
潜入しその「緊張関係」を取り除くことが必要です。しかし多くの場合こういうタ
イプの人達は「止まることは負けること」というパワー信仰ともいうべき強迫観念
に囚われています。次々に別の「パワー」を求めて走り続けますが、真実の自己、
宇宙自然の基礎の上に築かれたものではないのでどれほどの「パワー」を獲得して
も必ず崩壊する運命にあります。本当は誰でもいつかの時点で人生を「リセット」
する勇気が必要です。その方法のひとつが「仙道内丹法」でもあるのです。

人は生れ落ちて、誰しも「何か」を獲得するために走り続けます。しかしその「何
か」はいつかは消え去るもの。生々流転の運命にあるものです。「形あるもの」は
いつかは崩れ、「形無いもの」からまた有形のものが次々生まれ落ちてきます。こ
れは地上にあるものの運命です。すべてのものの始まりからそれは決められている
とも言えるのです。全ての始まりー「ビッグバン」の直後に起こったことは「熱」
の発生でした。その次に起こったことは「熱から光が発生する」ことでした。その
「光」は電磁波でありプラスとマイナスの「波」となって、宇宙の隅々まで伝わっ
て行きました。そのシステムは現在も続いていて、「熱」から派生した「熱」(温
度)がまた別の「光」を生み出して「波」となって伝わっていきます。つまり現在
も「宇宙」の森羅万象は大なり小なり「波」の性質を受け継いでおり、人の人生も
しかりです。「自己意識」というものを獲得してしまった人間はひとりよがりにも
「自分だけは例外」と思ってしまいます。マージャンをやる時、多くの人は自分だ
けは浮くと考えていますし、宝くじを買う時、自分だけは当たると考えています。
しかし現実は滅多にそういうことにはならないのです。それは「宇宙」の最初から
森羅万象は「光」の「波」の性質を持っていて、プラス・マイナスの波が人生にも
影響を与えているからです。

その「光」(波であり粒子である)が「気」の正体だったのです。そのことについ
てはすでにこのメルマガにも書きましたし、ホームページにも掲載しましたのでそ
れを参考にして下さい。ここでは「気」の運用について次回に書いて見たいと思い
ます。前回は「神の運用」というテーマで書きましたが、「仙道」の「三つの宝」
にはほかに「気」と「精」があります。「精」「気」「神」-この三つを自己の体
内で、さまざまに運用し、自己の裡に潜む潜在的な能力を次々に開発していくのが
「仙道内丹法」にほかなりません。
by yuugean | 2002-02-08 17:35 | 2002



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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