遊化の森

<   2003年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

体外離脱について

5時起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。久しぶりの晴れ。昨夜、といっても日付は今日だったが、坐忘の中で、心を静めているとひとしきり、「体外離脱」という言葉がさかんに出てくる。それで深夜「体外離脱」についてネットでいろいろ調べてみると、中に坂本さんという方の「体外離脱体験」のhpがあった。坂本さんは1958年生まれ、千葉高ー東大ーソニーという絵に描いたようなエリートコースを歩んできた技術系の方。光通信技術で外資系にヘッドハンティングされたという。その間「体外離脱」を経験、研究熱心からその道のモンロー研究所に10回も通って「体外離脱」コースを経験した人。その紹介の中に、今私が最も興味を持っている「意識」の問題について触れたコメントがあったので採録した。「モンローは40年間にわたる数千回に及ぶ体脱体験から人間の意識状態について次の知見を得るに至った。まず体外離脱という言葉は不適切で、意識の状態をずらしていくと空間的移動を伴わなくても種々の異なる世界(次元)へ行くことができる。さらにこういった世界は三次元物質世界に非常に近い世界からそうでない世界まで何十も存在している。人間の意識の状態をどこにフォーカスするかに応じて異なる世界に行ける。ちょうどラジオの周波数を変えていくと、周波数に応じた局が選局されるように。これは言い換えれば白色光がプリズムで分光すると波長(振動数)に応じて七色のスペクトルを呈するように、意識もスペクトル状であるということだ。意識は低い振動数に相当する状態(物質界の肉体内に局在している状態)から振動数の高い状態まで取りうる。」
しかしいろいろ読んでみると「体外離脱」と仙道の「出神」とは形は似てはいるが、その経緯が全く違う。 「体外離脱」は基本的に睡眠の中での「意識」の体外離脱。昔若いアメリカ人で何度も「体外離脱」した人の本を読んだことがあるが、これも同様だった。つまり「身体」は全く睡眠の中にあるが、 「意識」が覚醒していることから起こる「離脱」現象だ。人によって「離脱」しやすい人があるようだ。特別な訓練を経ないである日突然経験して、それを続けているうちに体験が深まっていくというのが多い。仙道の「出神」の場合は長い訓練をして、「内身」を固め、時期が来て初めて「内身」を体外に出す方法。「身体」も「意識」もすべて「覚醒」の内に行われる。その意味で「出神」と「体外離脱」は形は似ていても全く違うという気がする。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。
by yuugean | 2003-07-31 17:42 | 2003

老子と伊喜

4時起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。その後坐忘。坐忘に入り、眼をつぶりただ無為にあれば、自然が身体の中でひとりでに動くのが判る。無為というのは誤解されやすい概念だが、「無」に徹する事、心に何の動くものないこと、意志で図るもののないこと、何もない「虚」の世界、それを感得すれば、自然が身体の中で動き、心耳、心眼でそれを見ている自分のみがただあう。心と身体の中でその時動くものは命の動き、大自然の動き。「無為自然」とはこういうことだと思う。心には何の動意もない。最近しきりに「老子」のことを思う。ことに老子が函谷関で関所の役人尹喜(インキ)と出会い今日「道徳経」といわれる五千字文を渡す場面、この老子と尹喜の出会いの場面がなぜか気にかかっている。いつも出てくる。今日では老子のことはよく知られている。しかし相手の尹喜についてはそれほど知られていない。尹喜もまた、仙道の道士として中国では名前が知られているようだが、日本では尹喜のその後の生き方なども何も知られていない。しかしこの老子と尹喜の出会いの場面こそ、歌舞伎の「勧進帳」にみる弁慶と富樫のような「名場面」に思われてならない。尹喜についてもっと調べて見たいと思う。天気予報によると来週には梅雨明けのようだ。すでに東海、西日本は梅雨が明ける様子だ。ビジネス面でまた情報が耳に入っきた。今日、以前仕事を一緒にやっていたh氏から携帯に電話があった。h氏は証券大手のn社のベテラン営業マンだった人間だが、いまは私の知人のkさんのところで働いている。彼がいうにはkさんの仕事が順調で今度新宿住友ビルに越すという。社員もすでに60名を越しているという。kさんと一昨年会ったときは新宿の小さな古ビルだったが、この二年のうちにビジネスで成功したようだ。今のような時代にも波に乗れるビジネスをkさんが見つけたのだと思う。一度ゆっくり会ってみたい。この間からアメリカ人のbさんやこのkさんのことなど旧知の知人の情報がいろいろ入ってくる。いずれも「切った張った」のビジネスの世界だが、私も少しは戻って見るかという感じが強くなったいる。いまは安定しているが変化がない。この安定を保ちながら、同時に変化の大きい世界に再び脚を入れることになるのだろうか?そんな気がする。「斬ったはった」の世界に戻ること自体には少しは躊躇がある。仙道の修練も山場を迎えている。しかしそこは男にとっては魅力がある世界だ。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。仕事を終わり今日は例によって小宴。取り留めなく談笑の後。終わってその後パソコンに取り付き12時から坐忘。1時少し前睡眠。
by yuugean | 2003-07-25 17:44 | 2003

焚身

5時起床。朝起きて、歯磨き、洗顔、コーヒー沸かし。細切れ坐忘。今朝の坐忘は、やはり「三華聚頂」。まず「焚身法」、これは上体を折り曲げゆっくりと上に伸ばす。それとともに前身と後身に下から真っ赤な「炎」が燃え上がり、上に上ってきて身体を燃えつくし浄化する(イメージで炎は自然に起こる)。その後「大周天法」を三回。督脈、任脈、下きょう脈、上きょう脈、督脈、下維脈、上維脈、焦脈、帯脈。この奇経八脈を一気に三回留まることなく「気」を周流させる。その後で「坐忘」。最初は上肢、下肢、身体の中心に「気」が巡っていく。気が体内に満ちた後「三華聚頂」。天頂に身体の各部から「気」「精」「神」が上ってきて一つに集まる。しばし「坐忘」の後パソコン。こういうセッションを朝は三回行うのが日課になっている。例の通り朝7時45分家を出て、今日は水道橋で太極拳。8時50分に自家製パン屋で待ち合わせ。9時15分過ぎに会場に行き、特別修練。10時から例の通り、八段錦、伸展法、簡化24式(二回連続)、老架式85式。そのご後楽園に出て中華料理で昼食。生ビールとチンザオロースー。帰宅後、例の通り小宴。今夜は談さまざまに及び9時に打ち上げ。その後休息、12時半に就寝。
by yuugean | 2003-07-20 17:47 | 2003

変化

5時起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。それから坐忘。昨日あたりから続いているのは「脳幹」あたりに圧力感があること。坐忘に入り、眼をつぶればそれが現れてくる。以前は脳内の天頂の下辺りに球体の圧力感があったが、今は下に下がって「脳幹」のあたりがそういう感じになっている。私の「意識」は既に以前から内側にあって、内から外を眺めるという感じになっているのだが、「脳幹」部分の重くだるい感じもそういう「意識」が感じているもの。心なしか熱っぽく感じられる。そして午後には「脳幹」から「脊椎」全体にまで、その重くだるい感じが広がっている。「脳幹」から「脊椎」そして尾てい骨まで、一つに繋がって重くだるい感じが出てきている。「先天的な」領域に何か変化が及んでいるのだろうか?横になって、いるとそれらの部分が「動悸」を打って脈動しているのがわかる。変化がさらに深く内部に及んでいる感じだが、これはいったい何の変化なのだろうか?大分以前に「大薬」を下丹田にいれ瞑想していた時に、レバーを電磁調理器で焼いているような「ひりひり、じりじり」した感じがあったが、いまの変化はそれに似ている。その変化が「脳幹」や「脊椎」など身体の深部ーつまりもっとも原初的な部分に及んできたということか?外はまだ今日も雨もよいのすっきりしない日。天気予報によると来週一杯はまだ曇りもしくは雨とのこと。梅雨が明けるのは26日以降になりそうだ。このごろなぜかビジネス面での情報が耳に入ってきて心を動かす。ひとつは昨日神田のn社長と話していて「この分野にコネクションはありませんか?」と聞かれた。それは「不良債権処理」の専門会社。資本金4億円以上で弁護士がスタッフにいることが義務付けられる法定会社で日本に50社ほどがある。多くは銀行系、信販系。私は「ないですね」と答えたが、実は以前仕事でつきあった若いアメリカ人がそのひとつの社長をしている。一時期一緒にやる話があったくらいで何度も携帯、ファックスで書類のやり取りをした。定宿のニューオータニにも何度も脚を運んだ。結局彼は顧問弁護士の線で三井系の人間と組んで現在の会社をやっている。行けば仕事にはなると思うが、いまの私はもう1年半ほどそういう「斬ったはった」の世界から少し離れて「仙道」修練中心に心を移している。いまの平和な生活に慣れると、あの「斬ったはった」の世界に戻ること自体には正直言って躊躇がある。しかしビジネスの単位が10億円あるいは50億円と大きく、うまくいけばそれなりの男にとっての魅力がある世界だ。ちかじか一度会ってみようかとも思う。例の9.11の翌日になぜか彼の携帯に電話したら、物凄く取り乱し慌てていて、それ以来電話をしていない。いまから思えばアメリカ人にとって大変な事だったわけで無理もないのだが、、。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。仕事を終わり今日は例によって小宴。鯵の塩焼きとがんもの煮びたしのヘルシーメニューで9時ぐらいまで飲みながら取り留めなく談笑。終わってその後パソコンに取り付き12時。坐忘少時の後、1時頃睡眠。
by yuugean | 2003-07-18 17:48 | 2003

パーティ3

5時起床。例のとおり朝起きて歯磨き・洗顔、コーヒーを沸かし。その後坐忘。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。今日は五時半からタイの商務省関係のミッションが来て、それで取引所でレセプション。関係者約100名が集まり地下の大会議室でパーティ。今度タイにも初めて、取引所が開設される事になり、それで日本のやり方やシステムを見学に来た使節団。タイ側から10数名が出席したが、顔つきは、いずれも中国系タイ人のようだ。やはりタイでもビジネス面で活躍しているのは中国系の人達という気がする。昔、仕事で三回ほどインドネシアに行ったことがあるが、この国でも経済の実権を握っているのは中国系で、そのために不満が募ってジャカルタで現地人による暴動が起こったことがある。タイはさすがに「融和」の国、何でも飲み込んでしまうのだろう。今度タイの取引所初代理事長になる中国系の人も温和な感じの練達のビジネスマン。ドクターの称号を持っているので、タイでは尊敬されているのだろう。パーティではその人の妙齢の夫人と会話した。「日本の食事はいかがですか?」「ベリー・デリシャス。タイの食事はどうでした?」「私はどうもナンプラーが苦手なんです」程度の会話だったが、後から考えるとこちらも「デリシャス」というべきだったかもしれない。バンコクにはもう五回も行っているが、どうもナンプラー入りのタイ料理はなじめないので、正直に言ったまでだが、、。終わって帰宅、その後12時になって坐忘少時の後、睡眠。
by yuugean | 2003-07-15 17:50 | 2003

「煉キ化神」或いは「大周天法」 その2

◆「養胎」
◆「十ヶ月かけて育てる」
◆「修練は入定功夫」

すでに前回より、二ヶ月の時間が流れてしまいました。気がついてみるともう、二
ヶ月も経っていたのかという感じが正直なところです。この期間、このメルマガの
ことが常に気になりながら、なぜかここに立ち戻ることが出来ないでいました。別
のひとつのプロジェクトに少し心を砕かねばならない状況だったからかもしれませ
ん。それがようやく目途がついて、気がついてみると仙道メルマガ「天地」は前回
より二ヶ月も経過してしまっていました。

さて、前回は「大薬」の発生でした。私はこれを「仙道」階梯の中の最大のクライ
マックスのひとつではないかと考えています。「大薬」の発生がなければ、その後
の「丹」の形成されず、そうするとそもそも「内丹法」は成立しないからです。
数々の修練の中には「大薬」を生じない方法もあるでしょうが、それは、「仙道内
丹法」とは別の修練に過ぎないと思います。

こうして「大薬」が生じてきますと、それをその都度「小周天」ルートを回して、
下丹田に収めます。この期間は約1週間、朝となく夜となく、次々に「大薬」が体
内に生じてきて、肛門周辺に下りてきます。それを掬い上げ「小周天」ルートに引
っ張り上げて下丹田に収めていきます。約1週間すると、こんどはぴたりと「大
薬」の発生が止みます。

これからが「養胎」といわれる段階に入ります。これから下丹田に出来てくる「聖
胎」はいわば内丹法によってできた嬰児です。実際に形や質を備えた物ではなく、
「神」と「キ」(気)が凝結した物にすぎません。この「養胎」は、別には「十月
養胎」と呼ばれます。人間が胎児を母体に宿し、十月十日かけて「胎児」を育て産
むという事に擬しています。単にそれを真似ているということではなく、十ヶ月の
間、自分の胎内に抱えて育てる事でちょうどいい「聖胎」が出来上ると言う事を中
国人は体験的に知ったのです。ですから、早くこの段階を経過することは何の意味
もありません。「早産」が未熟な嬰児を生むように、やはり十ヶ月と言う時間がち
ょうどワインを熟成させるように、健康な「聖胎」を創り上げるのにちょうど必要
な時間なのです。この段階では、まず「神」を「キ」(気)に入れ、それから
「神」を「キ」(気)で包み、これから十カ月の間神が気と一つにして安定させて
いきます。これは、ちょうど神と気が交わり子宮に胎児を生み育てているようなの
で、「養胎」に例えられるのです。

この段階で行う修練は実際には「入定功夫」(神を落ち着かせる修練)です。常に
落ち着き、意念はまるで無きごとく、常にきちんとした行動で、心や考えを洗い、
綿密に静かに意識をかけ落ち着かせることで、「元神」は発育・成長していきま
す。十カ月の間に、微かに動いていた気は動かなくなりすべて「神」に変わってし
まいます。これまで目で見ることによって意識をかけていたのを、意識しないよう
になり、火加減においても意が触れないようにし、元神の落ち着きに影響しないよ
うにします。

この時期「大周天」の修練自体は、実際には「入定功夫」によって「神」を落ち着
かせ、「意識」(神)がぶれないようにする修練です。「入定功夫」は何かという
と「瞑想」の一種といっていいでしょう。しかし「仙道」の「瞑想」は他の修練と
は違い何か対象を持ってイメージで作り上げたものに対する集中ではありません。
むしろ何も考えない、「ぼーとした」状況を持ち続けることです。集中しすぎるこ
となく、茫洋とした包括的な集中を行います。それが「入定」です。そういうやり
方によって、「意識=神」がはじめて落ち着いてくるのです。 この「大周天」の入
定功夫(瞑想)の目的は「陽神」を煉ること。

「キ」(気)が動き「神」が散ることが「陰」であり、「気」が落ち着いて「神」
が純であることが「陽」であると考えられています。だから気が落ち着くというこ
とは、「意識=神」の中から「陰」が消え、「陽」が増えることです。「意識=
神」の中から、「陰」が全くなくなると、虚霊[虚の働き]の「陽神」だけが残り
ます。「陽神」というのは、別の考え方では「陽」のみとなった「意識」です。
「陽のみ」とは何かというと、「意識」(神)から「陰」の部分が全て取り去られ
た「意識」(神)の状態です。そして、純粋に陽に満ちた「胎」が完成するので
す。

そして「意識=神」の中から「陰」を消し去っていく修練が「入定」(包括的な瞑
想)の修練です。「入定」(包括的な瞑想)では、決して一点に意識を集中するこ
となく包括的な集中を行います。何度も繰り返し「入定」することによって、
「陰」は徐々に「意識=神」の中から消えていきます。1カ月目は二気はまだ活動
していて昇ったり降りたりします。2カ月目には気は微かに動いています。3カ月
目以降は気は中丹田と下丹田だけで微かに動くだけ。4~5カ月目にはもう動かな
くなり、「陰」は減り「陽」が増えていきます。6~7カ月目には修練は安定して
熟し、気は神に変化します。8~10カ月後になると、長い間静かに意識をかけて
いたので、性功は完成し、「神」は「陽」のみとなり、完全になります。これ以降
は方法を変えて胎を上丹田に移し、上関に入っていかなければなりません。
by yuugean | 2003-07-14 06:41 | 内丹法を修練する

パーティ2

5時すぎ起床。例のとおり朝起きて歯磨き・洗顔、コーヒーを沸かし。やはり雨もよい。天気予報では今週、そして来週は雨もしくは曇りの梅雨オンパレード。晴れ間は見えそうにない。「坐忘」をやはり半ば習慣的に続けている。「面壁九年」といわれる時期の最初の段階の三年目が今年一杯で終わる。徐々に「気感」は深まっており、「三華聚頂」といわれる、「天頂」に神・気・精の三つが集まる現象も始まっている。「意識」の集中によって、集まり、「放松」によって深まり、全身から力が抜けると濃くなる。そして終われば跡形もなく「散じる」。後は「天花乱墜」を待つばかりだが、どういう状況で現れるのか、予測しがたい。これまでもそれとよく似た現象で「天から雪」「天から花」の落ちてくる現象はあったが、時期的には早すぎる事とすぐ終わってしまう事で、おそらく本格的な「天花乱墜」ではないだろうという気がいつもしていた。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。この日程は同じ。今日は午後から経済産業省系の研究機関で新理事長就任のパーティ。新理事長のhさんは総合商社c社副会長から今度こちらに来ることになったた人。c社はもう20年前某社で担当していた商社で懐かしい。新理事長のhさんはもと経済産業省の幹部でいずれ次官といわれた人、それが省内の人事で移動した人で国際派。こういう役所の人事は多くは「男の嫉妬」から生まれる。出来る人間の脚を引っ張る人間や派閥が必ず出てくる。h氏もその犠牲者という気がする。パーティで挨拶に回られる姿には磊落なその人柄が伺えたが、意外とナーバスな神経細やかな人かも知れない。私はただ仲間同士で談笑していた。10時帰宅、坐忘少々、就寝。
by yuugean | 2003-07-11 17:51 | 2003

パーティ

5時起床。梅雨はまだまだ深い。やはりあと10日以上もしないと明けきれないのだろう。例のとおり朝起きて歯磨き・洗顔、コーヒーを沸かし。その後坐忘。きょうはあまり天気がよくないので、それほど「気感」は強くない。いつものとおり。その中でさらに坐忘していると、徐々に変化が現れてくる。変化が現れると、それで終わり。こういう日はあまり強行しない。強行しても結局は同じで、自然に任せるしかないのが「坐忘」の実相のような気がする。あまりいろいろこだわらず、神経を働かさない事、それが必要。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。今日は五時半から虎ノ門の名門会社j社でパーティ。会長、社長以下50人ほど会社の人達が出て関係者を呼んでパーティは恒例になっている。今は不景気時代だが、こういう慣例が残っているのは、伝統を重んじる名門会社ならではのこと。社長だったnさん(この人のスピーチは抜群。好きなタイプだ)が会長になり、新社長が挨拶したが、あまり真面目そうで面白くない。聞けば管理畑出身という。この分では会長の時代はまだまだ続く。専務とイラクなどについて好きなことを話す。言いたい放題。これもパーティの楽しみのひとつ。終わって帰宅、その後12時になって坐忘少時の後、睡眠。
by yuugean | 2003-07-08 17:53 | 2003

人智の及ばざる

5時起床。朝から雨が降ったり止んだり。今朝は寝ていて胃からから何か液体が上がって来るのを感じて気持ち悪かった。多分昨夜つまみに食べた肉じゃがのジャガイモが既に傷んでいたのではないか?そんな気がする。それ以外には思い当たらない。昨日は冷蔵庫に入れてあって冷やし肉じゃがにして食べたのだが、よくなかったのかも知れない。それで起床は5時になった。朝起きて、歯磨き、洗顔、コーヒー沸かし。例のごとく細切れの坐忘。今朝の坐忘に入っていると、非常に強い光の束が、天上から降り注ぎ、天頂から入って下丹田にとどまるのを感じた。それで「天地気交法」で地下から呼び寄せた「気」の束と下丹田で交じり合わせる。その他にも天上からの「気」の束を脚から地中深く逃がす方法などを行う。今朝は天候が不安定な割には「気感」がまあまあ強く感じる。昨夜12時ごろにはあまり感じなかったが、時々刻々変わるのは本当に自然の妙といわざるを得ない。大きな自然の何かがそれを決めていて予測不能、人智の遠く及ばざるところ。朝7時45分家を出て、今日は秋葉原で太極拳。8時50分にドーナツ屋で待ち合わせ。9時15分過ぎに会場に行き、自習。10時から例の通り、八段錦、伸展法、簡化24式、老架式85式。その後新宿に出て、紀伊国屋地下の豚カツやで昼食。小生は生ビールとエビフライなど盛り合わせ。新宿大通は相変わらずの人手。今日は駅広場で「若狭観光」のイベントがあるというので来たが、単なる「若狭博覧会」の呼び込みだった。3年目冬の若狭に行って、小浜などを訪ねたことがあるので行ってみたが、単なる呼び込みに過ぎなかった。帰宅後、例の通り小宴。今夜は談さまざまに及び10時に打ち上げ。その後休息、1時に就寝。
by yuugean | 2003-07-06 17:54 | 2003

梅雨の晴れ間

5時起床。昨夜は天が抜けたかと思われるような雨量で、一晩中降り続いていたが、朝になるとぴたりと止んでいた。今日は梅雨の晴れ間、朝は曇りだが、午後からは真夏日になるという。このところ、梅雨の雨と晴れ間とが交互に来る。どちらも長くは続かない。今は梅雨の中間折り返し点だという。あと20日すれば梅雨は明ける。真夏の旅の計画などそろそろ頭を横切っている。例のとおり朝起きて歯磨き・洗顔、コーヒーを沸かし。その後坐忘。坐忘にはいり、20秒もすれば脳内に球体のような緊張感が現れる。それから天頂から腹部まで通り抜ける「気」のパイプを感じる。脚、手の先まで「気」感はいきわたり、さらに坐忘。そうすると、徐々に変化が現れてくる。じんじんとした感じがからだのあちこちに現れ心地よい。天頂付近が「痛い」ように感じる時もある。現在はこのような坐忘状態で別に変わりなし。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス、午後から経済産業省。仕事を終わり今日は例によって小宴。根野菜中心のヘルシーメニューで9時ぐらいまで飲みながら取り留めなく談笑。終わってうとうととして眼が覚めると12時。坐忘少時の後、1時過ぎ睡眠。
by yuugean | 2003-07-04 17:56 | 2003



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧