遊化の森

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「煉キ化神」或いは「大周天法」 その6

◆「大周天」
◆「定」に入る
◆「陽神の誕生」

それはさておき、「仙道内丹法」です。「煉キ化神」は「大薬」が出来ると
「採丹」し、それをまず「小周天」ルートを回して「下丹田」に収めるところ
から始まりました。そして約10ヶ月の間ひたすら「養胎」に励みます。この
段階で日常的に行じるのが「大周天」です。これは、「気」(錬精化キででき
た物質「キ」)を「小周天」のルート、督脈―任脈のほかに、脚の内側―脚の
外側―督脈―腕の外側―腕の内側―衝脈―帯脈を通し「下丹田」に収める行
です。もうひとつ、この段階で重要なのは「精神を落ち着かせる」ことです。
「煉キ化神」の段階以降はことに「精神」のあり方が行の進展ぶりに大きく影
響してきます。「煉キ化神」は文字通り「神」(意識)を「キ」に入れ、「キ
」で「神」を包んで、10ヶ月かけて「キ」と「神」をひとつにしてしまう行
です。
「養胎」のためには「中丹田」と「下丹田」の間に「気」を充満して、「意
識」をかけ適度な温度を保つ事も必要です。この「火候」(火加減)で「キ」
と「神」は合成されて、ひとつの物質のように離れがたくなり、始めは「動
いて」いた「キ」も「神」と合一して、ここに静かに意識をかけ続けると動か
なくなります。さらに10ヶ月の間「胎」を育てますが、この時の「意識」の
かけ方は「包括的な」方法。つまりどこか一箇所に焦点をあてて、意識をかけ
るのではなく、身体の内面を見渡すように全体に「ぼっー」とした感じで意識
をかけ続けます。「入定」といわれる状態です。
こういう「入定」を繰り返していると、「神」は次第に落ち着きます。という
よりも動いていた「キ」が「神」(意識)に吸収される形で、次第に「神」(
意識)な中から、曖昧なもの、「陰」の部分がなくなっていきます。この「包
括的な」意識集中、つまり「定」という行を日常的に繰り返していくと、「神」
(意識)から「陰」(感情)の部分が次第に取り去られていきます。それが
「陽神」の誕生です。「神」から「陰」(感情)が取り去られたものが「陽
神」です。
by yuugean | 2003-09-30 06:33 | 内丹法を修練する

坐忘離れがたし

5時過ぎに起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。坐忘。このところは、坐忘に入るやまず下丹田への集中が自然に始まる。しばらく心を静めてその様子を見つめて(心の目で)いると、そこは次第に「温感」を持ってくる。しばし存思。しばらくすると、今度は「中丹田」周辺で、いわゆる「玄関」が自然に開く感じで、内なる「気」が大気ー宇宙にながれ合一する。そのまま存思。しだいに快く、快さはさらに深まり、「坐忘」より離れがたき思い。。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。今日は午後二時から霞ヶ関ビル33階で会議陪席。経済産業省があるテーマで各消費者団体、学識経験者のご意見を伺う会。終わり今日は例によって帰宅。夜半パソコンに取り付き12時。坐忘の後、1時前睡眠。
by yuugean | 2003-09-25 11:27 | 2003

短い夏イラク

短かった夏も、あれよあれよという間に過ぎてしまいました。冷たかったり、
暑かったり、方向の定まらなかった「夏」ですが、どうやらそれも終わりで
すね。考えてみれば、この「メルマガ」今は9月30日ですが、多分配信さ
れるのは10月過ぎてから、、。ということは「9月」には配信できなかっ
たことになります。申しわけ御座いません。「仙道メルマガ」も既に63号
です。もっと気楽に「日常雑事」を淡々と書いていけばいいのですが、つい
話題を「仙道修行」に限ってやっていこうとすると、何となく間遠になって
しまいます。そこで閑話休題。いまは9月末日ですが、考えてみればあの「イ
ラク戦争」は3月18日前後でした。まだ半年しか経っていません。アメリカ
は国連の意思を無視して、「イラク侵攻」をやったわけですが、その後の有り
様は何でしょう。当時このメルマガでも「アラブを知らないアメリカの危険さ
」についてかなり書いたと思います。当時、フランス、ドイツ、ロシアの三理
事国vsアメリカ、イギリスの対立の中でフランス側から見て唯一の解決方
法は「イラクを国連統治に」することだと、このメルマガでも書いた記憶があ
ります。何となくそう閃いたから書いたのです。アメリカは現在でも、統治権
は手放す積りはなくそれが今国連総会でも新たな議題になっているようですが
、ある意味では歴史時代以前からの複雑な政治関係の中を生き抜いてきたアラ
ブの、成熟しきった内面を、単純理解で成熟しきらないアメリカが統治するこ
となどもともと無理な話です。最初「石油のためではない」とか「フセインを
倒せば他に統治を任せる」とアメリカは言っていました。しかしこの現実は何
でしょうか?とてもオトナの論議にはみえません。すでに「戦後イラク」で殺
されたアメリカ人は60人近くなりますが、これは「戦争」で死んだ兵士の数
を上回るものです。なぜ今日の事態をアメリカを動かしている人達は予測でき
なったのでしょう。「石油利権獲得」と「新兵器テスト市場」という自分の利
得ばかりに「目」がくらんで、「アラブの心」を無視した事が全ての誤りの始
まりです。当時はアメリカ国民もこれに賛成しないと「非国民」のような雰囲
気があり、フランス商品ボイコットまでやっていましたが、誰も今日の事態を
予測できなかったのでしょうか?結局は、そこに住む多くのヒトの命を持て遊
ぶ悲しい思想だと気づかなかったのでしょうか?
by yuugean | 2003-09-19 08:53 | 2003

果たして?

5時過ぎに起床。昨日は「老人の日」だった。太極拳の次の日につき朝起きるのが少し遅くなる。昨日は朝から坐忘。このところの坐忘では、すぐに下丹田はあたたかくなり、それが全身にひろがる。しばらくそのままにして「無為自然」。次に中丹田から大気宇宙に広がる内気が動きはじまり、まずひたいが涼しくなり次に上半身が涼しい。しばらくそのままにして「無為自然」。それを何度か繰り返すと、ますます「気」は濃くなる。昨日は「老人の日」で祭日。近所を少し散歩したのみで遠くへは行かず。自室で完全安息日。夜間に至り試しに例の「坐忘」ののち、友人のs君に「気」を送ってみた。そのことを忘れたまま、寝てしまった。s君と今日会ったら、身体が熱っぽいという。触ってみると確かに身体の内側で熱がでている。そこで昨日の事は何も言わず、あとから夜、再び「坐忘」の後、今度は涼しい「気」を送った。後に電話したら、身体がすっきりとした感じになったという。果たして一種の「遠隔気功」だろうか?
by yuugean | 2003-09-16 11:33 | 2003

内身ー電磁体

4時過ぎに起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。坐忘。このところ、また「内身」の様子が変化して来ている。それは「玄関」周辺からの坐忘を何度か続けた後に起こってきた事だが、「無為」のままに坐すと、「内身」はすでに須らく一種の「電磁体」のようになっており、全身で電磁的ゆらぢが果てしなく起こっている。自分の身体の中にすっぽりと、その電磁体が入って、私の意志とは関わりなく蠢いている。それは全身各所でそうなっており、身体の中にもう一つの「法身」があるという事が感じ取れる。それは坐忘に入らなくても、覚醒しているとき注意深く見れば読み取れ、何か身体がもうひとつの内身を中において重くなったような感じさえある。脚や腰に頑固なコリのようなものがあるのは、気がひとりでに溜まってしまう結果の不具合か。朝天気がいいとその内身は「外に出たーい」といって身悶えているように聞こえるときがある。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。午後から経済産業省。仕事を終わり今日は例によって小宴。終わってその後パソコンに取り付き12時。坐忘の後、1時前睡眠。
by yuugean | 2003-09-12 11:34 | 2003

糸瓜忌

今日は起きたのは5時過ぎ。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。坐忘。この前「試し」の「出神」について書いて、その後やってないのは、一つは慎重に事を運びたいから、それと「前兆」となった前日の夜の「天花乱墜」が少し、イメージで形成されたものではなかったという感じがしたから。本物の「天花乱墜」とはどういうものか、「天から花びらが舞う」とか「天から雪が次々と降っている」と形容されているが、この種イメージは実はこれまでも何度かあった。それは単発的にふいと現れて消える。もういちど現れない。いつでも見えるわけではない。それで「本物」ではなく、イメージが創り上げたものではなかろうかと考えた次第。まだ時間があるから、慌てて早とちりしてはいけないので、この際たっぷりと時間をかけて次の「天花乱墜」が現れるのを待つ事にした。今年いっぱいは準備段階でいい。今年末まで待ってみる気持ちになっている。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。今日は仕事終了後、鶯谷駅で待ち合わせ。根岸二丁目の「子規庵」に行く。9月が正岡子規の命日で「子規庵」では特別展示が行われている。鶯谷のラブホテル街の入り組んだ路地を入ったところに「子規庵」はあった。正岡子規が住み最後の病床についたところ。建物は平屋六畳と三畳の小さな家。六畳間で子規は病床に臥せり、最後の絶句「糸瓜」の句など三句を詠んだ。子規の命日が「糸瓜忌」と呼ばれるのはそれにちなんでいる。明治初期愛媛に生まれ東大を卒業、夏目漱石と親交を結んだ。子規は31歳出なくなったが、多くの優れた人達と交流し、句会や歌会を自宅で催した。新聞記者だったが、脊椎カリエスで苦しみながら死んだ。今では完治する病気だが、当時は不治の病。終生変わらぬ友人だった漱石。その二人がしばらく一緒に暮らした「愚陀楽庵」はこの間松山に行ったとき訪れた。このところ子規つながりで繋がっている。私は子規の句で好きなものは余りないが、後世の日本の俳句と短歌の流れを作った偉大な業績は消えない。絵もうまく、食道楽でもあった。子規庵の庭で写真を撮り、俳句を一句投句した。帰りに今日は居酒屋で少しビールなど飲んだ。終わってその後パソコンに取り付き12時。坐忘の後、1時前睡眠。
   愚句    糸瓜忌や 主なき部屋 花ひとつ
         庭草に 埋もれ 子規庵 秋浅き
         糸瓜花 たわわに咲ける 棚の上
         糸瓜忌や 守人の声 朗々と
         垂れ下がる 糸瓜を見たり 子規の眼も
by yuugean | 2003-09-10 11:36 | 2003

試し

4時過ぎに起床。朝起きて歯磨き、コーヒー沸かし。坐忘。相変わらず坐忘に入ると胸の下部の「水月」のところに意識が入っていくのがわかる。意識的な動きはやめて、すべて自然に任せていると、足裏にかすかな電磁感が現れる。以前はもっとはっきりした電磁感だったが、いまはむしろ強さはなく薄れた感じ。これは何も後退しているのではなく、むしろ前進していると思う。こうしていると意識は自然に水月から立ち上り、外界へ、宇宙へと広がっていく。多分この「水月」のあたりが、伝統仙道でいう「玄関」であるに違いない。このところ少し日録は休んだが、実は8月末の大変天気のいい日、朝から坐忘していると、なにか全身が沸き立つような感じで、その勢いで少しの間「出神」を果たした。まず作法どおり、「光」を天頂から外部に広げて、その中に体内から「胎」を出す。そろそろとそれは出て行き、やがて全て出た、感覚がある。しばらく1分ほどもそうしていたろうか、どこかで「早々に入れなさい」という声がした感じで、ゆっくり脚から入れていった。頭のところが少し入りにくい。これはいわば「試し」の「出神」。天気があまりによかったのと、全身がすこし一つになっている感じがして、チャレンジしていまった。実はその前の晩、朦朧とした中で「雪」が視野の中に次々と降っている。それは3分ほどで消えたが、ひょっとしてこれがあの「出神」の兆候といわれる「天花乱墜」かと思われた。こういう複線があったので八月二十八日の早朝、初「出神」を行ってみた。その後は天気の悪い日が続いたのと、「規定」から行けば、今年いっぱいはまだ準備段階。決して先を急がず大事を取って今年末まで待ってみる気持ちが強い。その後少し「頭」のところで引っかかっている感じがあったが、そのご坐忘を繰り返し改善した。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。仕事終了後、いつもどおり小宴。終わってその後パソコンに取り付き12時。坐忘の後、1時前睡眠。
by yuugean | 2003-09-07 11:38 | 2003



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