遊化の森

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計画

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。今年もいよいよ終結の時を迎える。総じてみれば「良きかな」といえそうな年。修練的には十月末から「出神」にチャレンジしている。今のところは「こういうものか」という感想だが、あと三年も倦まず弛まず同じ方法を続けていれば、何らかの「形」がその中に現れてくる気がする。最近は「内身」「法身」を一方で固めながら、同時に「気」の放出についても修練。これはいわゆる「気功師」の得意とするところだが、これまで「仙道内丹法」の手法に従って、あくまでも「内身」を固めること第一に朝夜の修練を行ってきた。しかし外気を取り入れ、内気を外に出す。これには、「タントウ」のような修練、「太極拳」のような修練とともに、「指」から「内気」を放出する修練を付け加えていくことが必要と思う。いつも通り坐忘。いつもどおり「出神」。頭上の「質感」に添って「大周天」を三回やる。その後しばらく温養。その後に周辺の「光」を「法身」に収め、ゆっくりと「法身」は脳内ー身体内に入っていく。最後にフタが閉じて「出神」は終わる。しばらくそのまま「法身」を体内に行き渡らせるように温養。その後目を開けて「出神」は終わる。すでに仕事は終わっている。あとは三月中に仕上げなければならない、新宿の住友ビルH社の仕事二種類。これを正月休みの間におおよその目途をつけること。また同時に四月までに仕上げる予定の、新エネルギー関係のプロジェクトを完成させなければならない。このプロジェクトの先にはもうひとつの計画があり、これを来年前半に立ち上げる。これらを前向きにすすめるためには、この正月休みは絶好の機会で遊んではおられないという気持ち。しかしそれらの仕事はいわばもうひとつの「楽しみ」のため。一月には「出雲・石見」へ行って寒ぶり、松葉蟹と温泉三昧。秋にはイタリア再訪の旅を計画している。そのために様々な仕事に精を出し、新しいプロジェクトを立ち上げていかなければならない。すでに世間は冬休み。今日は別にこともなし。夜例のごとく12時過ぎに「坐忘」、その後就寝する。
by yuugean | 2003-12-29 10:41 | 2003

納骨

4時起床。ふたたび本格的な寒波襲来。洗顔、コーヒー沸かし。坐忘。いつもどおり「出神」に至る。何となくボヤっーとした質感、あるいはスライムのように観通せる存在が頭上に現れ、同時になんとなく「光」に見える球状の輪が上半身から頭上を覆っている。それは時によって見え、時によって覆われた存在となる。その中に「出神」して、その存在に添わせて「大周天」三回。その後、「上丹田」を守意。しばらくおいて「中丹田」を守意。さらに「下丹田」を守意。これを三回繰り返す。三回ということに別に深い意味はない。ただ基礎に帰ることの重要性を感じているからだ。一部に「脳内」の圧力感も戻ってきている。状況は刻々変化し転変する。昨日は実は太極拳仲間のKさんの納骨式。彼女は実はクリスチャンで納骨式は四谷の聖イグナチオ教会地下で行われた。クリスチャンの葬祭に参加するのも初めてだが、あの教会(上智大学)の地下は納骨堂になっていたのも初めて知った。クリスチャンは葬送も、あまり派手でなく、質素でいいなぁと思いえる。Kさん、安らかにお眠り下さい。いつもどおり7時45分に家を出て秋葉原に向かう。今日の太極拳修練は秋葉原で、二時間ほど練習。帰りに「ラオックス」でノートパソコンを買う。「ソーテック20005C」で出たばかりの品で事前にスペックは調べてあった。今後の仕事のために必要かと思われたからだ。帰宅後、風呂、小宴。終わって休憩、パソコン、就寝で1日は終わる。
by yuugean | 2003-12-21 10:42 | 2003

法身の存在

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。いつも通りの坐忘。いつもどおり「出神」をやる。やはり頭上に「質感」があり、それに添わせて「大周天」をやる。ここで「法身」の存在について、再度修正しなければならないと思っている。半月ほど前、にやはりこの「日録」に「法身」の存在について、それは脳内にあり、10センチほどの大きさのものと書いた。しばらくそれでやってきたのだが、事実それ以後「脳内」に確かな圧力感や異物感があり、それを意識によって、さらに固めるという修行方法を取っていた。その後普通に何事もなく過ぎていたが、2週間ほど経って、その存在、圧力感が全くなくなってしまった。そのかわりに「空」というべきか、「純粋」というべきか、何もない空間が脳内に広がっている。何か失敗でもやったかと思ったが、別に「少なく出し、多く養う」の方針で、脳外に出す時間はあまり長くなく、すぐ収納していたので、そういう懸念はまったくなかった。そこでその後いろいろ試してみて判ったことは、やはり最初に考えていたように「法身」は既に全身に広がり、生身の肉体にぴったりと張り付いている形で存在しているという事だ。確かに「脳内」で養うことの重要性はあるが、すでに「脳内」もまた「全身」も全て「陽神化」しているということだ。それが証拠に非常に透明な、「空」な空間が脳内にもまた全身にも繋がっていて、肉体の皮下の部分で、全身に「どきどき」とした動悸のような脈動がある。「法身」の「本体」はやはりすでに全身に広がっている。「脳内」の圧力感、異物感も全身への広がり,全身が「陽神化」するとともに、圧力感は消えたということではなかろうか。いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、本然の姿が次第に明確になってくる。いつもどおり7時15分に家を出て、飯田橋で少憩。その後午前中はオフィス。午後小伝馬町の取引所で仕事があったので、その途中兜町のS会館で経済関係の資料を閲覧しながら時間を過ごす。この時今朝以来、頭にあった「法身」の存在について、試して見たくなり、瞑想しそこで全身の「出神」を試みる。この場所が相応しいのか、非常にはっきりとした「光」が頭上に現れ、その中に全身から「法身」を出していく。下からフタのようなものが立上ってきて最後にふたをする。その上でしばらく法身を「養う」。その後しばらくして、ゆっくりゆっくり「法身」を体内全体に収め、フタが頭上にかぶさる。目光を体内の隅ずみまで動かして「法身」がそれぞれの場所に納まったか確認をして終わり。夜、例のとおり小宴。9時に果てて、しばらく休む。12時過ぎに「坐忘」、その後就寝するが、頭が澄み切って、結局眠らないままに4時になったので起きた。眠らないでも体は全然疲れていない。もう3年ほど前にも、全然眠らないでも平気なときが1時期あった。このとき同時に食事もしなくなった。また新しい段階が始まっているのかも知れない。
by yuugean | 2003-12-17 10:44 | 2003

法身は暖かい

4時起床。快晴が続いている。朝起きて例の如く洗顔、コーヒー沸かし。昨夜の坐忘において、その前は身体が何となくだるく、ひょっとしたら「低気圧」が近づいているのかという感じがしていた。「低気圧」が近づいてくると、それを直に感じてしまうのが昨今だが、今回はどうも違うという感じがしていた。それは昨夜、就寝前に「坐忘」をやって初めてわかった気がした。体がだるいながらも、もはや習慣となりきっている「坐忘」を欠かすわけにもいかず、「坐忘」にはいると、次第に「脳」すなわち「泥丸」のなかで、はっきりとした「形」が現れてきた。一昨夜寝る時にも、それは何となく感じていたのだが、「脳」の中に何か変化がおこりつつあった。その「正体」はこうして考えれば、次第にはっきりとしてきた「法身」の存在だったように思う。それは何か一種の圧力感を強く伴っていて、そこに何か「有機物」が存在する事を示していた。以前、「出神」の前には、やはり「脳」内に一種の「圧力感」があったのだが、、「出神」以後は、それは消えていた。むしろ「空気」のような存在、あるいは「スライム」として感じられる存在になっていた。そして、「出神」以来約1ヶ月経って、昨夜「坐忘」の中で感じられた、ある種の「有機体」のようなもの、それがはっきりと「脳」の中央部にあって、その上は空いており、その中に詰まっている感じが読み取れた。「脳内」に何か異物が詰まっていつ感じ。昨夜はその状況のまま就寝。そして今朝の一回目の坐忘。体内に「目光」「耳光」を周回させる。「法身」とおぼしき存在が次第にはっきりとしてくる。ここでいったんやめてインターバルの時間をあける。その後例の通り時間をかけてゆっくり「出神」。いつもより時間がかかった気がする。それともうひとつ感じたことは、この「法身」を包む直径1㍍ほどの「光の輪」。それがさらに現実的な存在となり、光をつよく感じ、「法身」を包む感じで一種の球体のような形で頭上に有る。その中に「法身」を上げていく。しばらく温養。すると「法身」が少し暖かい感じになってくる。「光の輪」も少し暖かい感じになっている。暖房器具のような「光の輪」。その中で「法身」をしばらく温養。そのまま「無為自然」に為し、意識を「法身」に周回。頭上の「法身」で、「大周天」を三回行う。その後周辺の光を「法身」に入れ、次に「法身」を徐徐に「黄宮」に戻す。入ったら「目光」を体内各所に周回させて坐忘終了。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。午後は経済産業省。仕事終了後、いつもどおりささやかに鍋で小宴。いつもどおり談笑を楽しむこと2時間。終わってその後パソコンに取り付き11時。坐忘の後、12時前睡眠。
by yuugean | 2003-12-09 10:45 | 2003

光背

4時起床。今朝はこの冬一番の寒さのような気がする。暖冬気味であった「冬」にもついに「寒波到来」か。これを待ち望んでいた人達もいる。スキー業者、スキーバス業者、ある種交通機関、灯油業者、衣料業界、暖房器具業者、その他。朝起きて例の如く洗顔、コーヒー沸かし。そして一回目の坐忘。体内に「目光」「耳光」を周回させる。前回に確か書いたと思うが、これまで最初の「出神」以来約1ヶ月が経過した。この間最初に「出神」後に行っていた、「意識」の「拡大・収縮」の方法を変更した。また「法身」について、初めは肉体全体の中にぴったりと張り付いている、もうひとつの存在を意識し、それに対して「目光」を周回させることをやっていた。そして「出神」するのも、この「全体」に張り付いた「法身」を出す積りでいた。それはそれで間違いではないと思う。確かに肉体に寸分違わず張り付いている「幽体」的な存在を認識することは出来るし、「スライム」状のそれを出し入れする事も不可能ではない。しかし最初からちょうど1ヶ月経過したしたぐらいの時、天来の「声」あって方法を改め、やはり出し入れするのは「泥丸」(黄宮)すなわち脳内にある、20㌢前後の「法身」へと切り替える事にした。こちらのほうが現実に近い気がする。「坐忘」時に意識をより多くかけるのも「泥丸」内の「法身」が中心。様々な「試行錯誤」の中から、ひとつの方法が会得されていく。「出神」ののち、「意識」の「拡大」を最大限まで伸ばしてやっていたが、これはもっと「法身」自体が固まってからでないと損傷を及ぼすかもしれない気がしたからだ。そして「法身」を脳内のそれに切り替えたのは試行錯誤の中で実感されたもの。こうして坐忘にはいり、時間をかけると、徐々に脳内の「法身」の姿がはっきりとしてくる。「光」の存在も自覚される。それは我々が「仏像」の「光背」に見るような形の「光」だ。直径1㍍ぐらいの少々楕円形をした「光」。それが坐忘時においても感得される。第1回目の坐忘の後少しインターバルをおく。このインターバルを経て坐忘を再開。坐忘はさらに深まる。この時、「光背」の如き「光の輪」をまず外に出し、それとほとんど同時に、一緒に「法身」がゆっくり上がっていく。この時は「意識」はかけず、「無為自然」のままに為す。自動的に上がっていった「法身」が全部外界に出たことが認識される。下丹田の周辺から、板のようなフタが上がってきて天頂にフタをする。頭上にいる「法身」は、意識をかけるとしだいにはっきりとしてくる。意識をかければそこここに「圧力感」が現れ、座位の「法身」が明確に認識される。そのまま「無為自然」に為し、また後に意識を「法身」に周回させる。頭上の「法身」に意識をかけ、「大周天」を三回行えば、その意識の動きは「肉体」の方の私の手足に「連動」していることが認識される。その後周辺の光を「法身」に入れ、次に「法身」を徐徐に「黄宮」に戻す。天頂の内に完全に「法身」が入ったのを確かめ、その後「目光」を体内各所に周回させて坐忘終了。今朝の修練はそこで終わる。例の通り7時15分家を出て飯田橋で少憩。いつもの通り午前中はオフィス。午後は一時に神田のn社長の事務所に立ち寄り、少し談笑。その後経済産業省。さらに三時から新宿高層ビルのh社。しばらくここで会長と部長とで打合わせ。帰りのエレベーター前で旧知のh氏と立ち話。仕事終了後、いつもどおりささやかに鍋で小宴。いつもどおり談笑を楽しむこと2時間。終わってその後パソコンに取り付き11時。坐忘の後、12時前睡眠。
by yuugean | 2003-12-05 10:47 | 2003



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