遊化の森

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最後の晩餐

5時起床。洗顔およびコーヒー沸かし。馬歩少々。「桃五式」で簡単ウオーミングアップ。これはいつもの通り。それから坐忘。「面壁九年」の修練に入ったのは今から三年半前、三年間はひたすら体内において、「法身」を固成させるための「坐忘」。その後「出神」の修練をスタートさせたのは半年前。この半年間で「出神」について初歩的な段階はクリアできたと思っている。この半年間で「神」はさらに鋭さをもち「法身」としての形を整えつつあるように見える。この「面壁九年」の間は文字通り「性功」であって、ひたすら「神」を修練する。それによって「気感」もこの半年間で更に高まり、時には強い圧力感のある「風船体」のように見える「法身」が感得される。定法どおりこの期間は、ひたすら「性功」。つまり時・所を選ばず、時間の合間を見ては「坐忘」にはいる。これは自分がそう心がけているというよりも、常にその状態を肉体や精神の側から求められるということ。「坐忘」をすることによって、身体内なり「神」の状態なりが、初めて正常化され、「坐忘」に埋没する事で初めて、ひとつの「統一」感が生まれてくる。収神後の「回光」も重要で、体の隅々まで「意識」を行き渡らせることが必要で場合によればインターバルをおいて、二度三度と続ける。朝はいつもどおり、7時20分に家を出て飯田橋で少憩。ここのコーヒーショップで朝の一仕事を仕上げる。その後、午前中はオフィスで仕事。午後例のとおり霞ヶ関・経済産業省で少し仕事。帰宅後、イタリア旅行で行く「最後の晩餐」のミラノの教会へ電話して予約を取ろうとするが何度電話しても、イタリア語のガイドメッセージが繰り返されるだけ。これをもう三日も続けているが、まだ繋がらない。おそらく世界から「予約」が押し寄せているに違いない。15分間隔で25人しか鑑賞できないのでラッシュしていると思う。結局直接電話するのは諦めてイタリア人と結婚して現地にいる女性にメールして「予約」をお願いする事にする。その後快諾の返事が来たので、一安心。
by yuugean | 2004-05-17 08:57 | 2004

坐忘の中

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。馬歩。「桃五式」でウオーミングアップ。その後坐忘。やはり「坐忘」こそが本体。逆にこの時期になれば、「坐忘」をすることによって、身体内なり「神」の状態なりが、初めて正常化されるような気がする。「坐忘」の中に埋没する事で初めて、ひとつの「統一」感が生まれてくる気がする。確かにこの時期に至れば、「神」はある種の「力」を持っていて、「坐忘」が充分でなければ、その「力」が体内のあちこちで「痛み」のようなものとなる。それを解消するには、さらに「坐忘」を深めるしか方法がない。その時「神」の純度は更に高まり、ピュアとなる。手が切れるような鋭さを、その「神」は持っている。その「坐忘」の深まりの中で、天頂と足裏がジンジンしてきて「帯」でつながる感じ。この時、天上から白い「光の柱」に見える「何か」が体内に際限なく入り込んで来て、足裏から地中に抜けていく。別にイメージによって為さないまでも、「無為」にしてそれは「為す」。やがて「出神」がはじまる。意識体がゆっくりと出始め、下丹田から板のようなものが上がってきて押し上げ、完全に出ると天頂部にその板がフタをする感じはいつもの通りだ。しばらく頭上に「意識体」を置き、その「意識」は際限なく宇宙に広がって果てまで繋がっている感じ。しばらくそのまま「温養」。「意識体」はその後、目の前のテーブルの上に降り立ち、しばらくあちこち動き、なにやら中国的演武。動きは活発で、目の前のテーブル上で盛んに演武しカタを決めている。その後頭上に返し、しばらく意識を集中、周辺の「光」を集約して体内に入り始まる。最近は「収神」は比較的スムーズに行き「すっ」という感じで入り、あとはしばらく「温養」。「回光」をして体の隅々まで「意識」を行き渡らせることしばしで、終わる。昨日は、早朝の「修練」に加え、昼間しばらく仕事の合間を見つけ、30分ほどの時間の中で、これと同様の修練をやった。最近はほぼこのペースで、一日2回は行っている。本当は、どこかの「道院」だと、「坐忘」に次ぐ「坐忘」という状況を続ける事ができるが、小生は仕事をしているので、そうは行かない。しかし「坐忘」を何度かやらなければ、鋭い「神」の刃先を鎮める事はできない。逆に体のほうから、「坐忘」を求めてくるというのが正直のところのように思う。それはもはや「修練」ではなく、状態を清浄に保つために必須のことのような存在になっている。これからは更にその度合いが深まると思う。今日は午前中は、この秋に行くイタリア旅行のプランを精細に立てる。今回はミラノ、ベニス、フィレンツェ、ローマ、ナポリの五都市を11日間で回る。前回は仕事で2週間イタリアに行ったが、あれはバブル真っ盛りのころで、中でもベニスのホテルは素晴らしかった。ホテルの名前は今変わっているが、ダニエリと同様の最高級ホテルで調度品が素晴らしかった。今回はそうは行かないが、ベニス再訪は楽しみのひとつ。前回はナポリでナポリ市幹部の自宅に行き、ご馳走にもなったが、今回はナポリからポンペイに足を伸ばすのも楽しみにしている。イタリア再訪はその頃からの念願のひとつだが、ことにベニス再訪はあの時、ベニスの上空からあの街を見た時からの望みだった。今日はそのほかに、今取り掛かっているs社長依頼の仕事を少し進めた。
by yuugean | 2004-05-15 08:59 | 2004

タオ

4時起床。洗顔、コーヒー沸かし。簡単な立禅。馬歩。自己流簡易身体慣らし法「桃五式」で身体をウオーミングアップ。そして坐忘。いまの感じでいえば「坐忘」こそが本体であって、「出神」はその副産物という気がしている。「坐忘」を本格化することは、実はどこからどこまでが「本格化」であるかどうか、なかなか難しい。何度かにわたって、次第に深めていくのが小生の方法。その間に少時インターバルを取り、その後再び「坐忘」。これを三クールぐらい行うのが現在の私の方法。その中で、「気」感のいい日には、天頂と足裏がジンジンしてきてひとつの「帯」でつながる感じになる。天頂から胴にかけては、ひとつの光の空洞。この時天頂付近はむしろ痛くなり、やがて「出神」がひとりでにはじまる。意識体がゆっくりと出始め、下丹田から板のようなものが上がってきて押し上げ、完全に出ると天頂部にその板がフタをする感じ。頭上に意識を置くとそこには「意識体」の存在があり、外観に従ってゆるやかな刺激を感じる。感じているのは脳内かもしれない。最近はその「意識体」がごく周辺を歩くようになっている。それは若い武人のようでしきりに如意棒(のようなもの)を使っていくつかの棒剣術のカタを行う。動きは活発で、万事においてモノ静かな印象の私、どちらかと言えば思索的な自分とは似ていない。これは何を意味しているのだろう。目の前のテーブルの上で盛んに演武しカタを決めたりいている。それで近くにある、私の念持仏とも言うべき観音菩薩から「心静かに沈思しなさい」と諭されて静まったり。何だかこれではまるで「孫悟空」。その後頭上に返し、しばらく意識を集中、周辺の「光」を集約して体内に入り始まる。これも為すがまま、自然に、ゆっくりと時間をかけて「収神」。これらの一連の動きの中で、心が全く静まり、動かない時があり、その時は何故か「造物主」と一体、いやむしろ「造物主」そのものとの感じがある。今はこれが「タオ」だという感じがしている。その先にはもはや何もない。宇宙を作っている「要素」そのもの。「出神」においても、また体内における「坐忘」においても、それと同一になる時、それは「タオ」ではないかと言う気がする。なぜか同一であって「一体化」ではない。今日は連休の始まりで、以前申し込んでおいた日帰りバス旅行。本当は伊豆の温泉一泊など行きたかったが、連休で値段も高く予約がとれない。そこでやむを得ずバス旅行にしたのだが、東名経由で沼津御用邸ー西伊豆の三津浜ー熱海姫の沢公園ー箱根山のホテルという行程。いずれもつつじと石楠花のきれいなスポットで、なかでも山のホテルのつつじは品がよく、手入れが行き届ききれいだった。三津浜は目の前に海が開け、寿司食べ放題のプランだが、私には食べ放題もあまり興味がなく、料金から言っても止むを得ないと思った。往路は流石に連休で混んで御殿場まで三時間もかかったが、帰路は空いていて夜八時半に新宿についた。そのまま近くの飲み屋で十時近くまで飲んで帰路についた。
by yuugean | 2004-05-01 09:01 | 2004



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