遊化の森

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迷走台風。瞑想

4時半過ぎに起床。洗顔、コーヒー沸かし。そのあといつもの「儀式」。そして身体を緩める準備体操。前後左右に細かく蠕動しながら、意識を中において骨格を緩める。それを終わって「坐忘」。今日は早朝一回。夕刻一回の「坐忘」と「出神」。第一段は準備段階。坐忘の後、目光、耳光を身体の隅々まで回光。このごろでは、すぐある種の「変性意識」状態にはいる。そこで少しインターバル。第二段は、内身に「法身」を固める作業。これも基本的には目光、耳光の回光だが、同時に内身に「法身」を意識すると、何らかの形で(様子は日によって変わる)、「法身」と思しきもの現る。その上に更に目光、耳光の回光。第三段は内身より「光」の袋らしきものを頭上に出す。これは最初やっていたもので今も習慣としてやっているが、実際にはこの「袋」は機能していない。最初はこの中に「出神」したが、現在はむしろ頭上高くひとりでに「出神」しているからだ。第四段は「出神」。内身の「法身」中心に意識をかけ、「出神」へと意識を変換すれば、「法身」は徐々に立ち上り始める。日によってそれは、「光の柱」が立ち上るように見える。第五段は頭上の「法身」に意識をかけ固成。人の形になるので、その経絡に沿って「大周天」三回。その後、少し歩かせてテーブルの上に。ここでいつもの「儀式」を行い、「法身」(桃之介)に霊気?注入。第六段は周辺(今の所は屋内)散歩。終わって、テーブルの上で意識を変換すれば「法身」は一瞬のうちに周辺の「気」の中に溶け込む。「神」は意識を変換すれば、そこにあり、消えるときは即座に霧となる。「神」は「質」がなく、形がない。一体となり、そのまま「坐忘」すれば、足下のほうから身体全体にかけて「心地よさ」が立ち上ってくるので、しばらくそれに身を委ねる。それが終わると再び頭上に導き終わって「収神」。意識を変換すれば「法身」は体内(中丹田)めがけて入っていく。何時ものとおり、7時半家を出て飯田橋で小憩。午前中はオフィス、午後から経済産業省。地下レストランで定食510円。今日は台風が近づいているが、太平洋上を日本列島に沿って東から西に移動している、ヘンな台風。そのため時折、豪雨が襲ってくるが、しばらくするとすぐ止む。カサを手放せない状態。この間の日曜日に新しくB5ノートを買った。その前にA4ノートを持っていたが、持ち運びに不便なので友人に6万円(使用3ヶ月、ほとんど新品)で売り、B5ノートに変えた。前のは3キロ、今のは2キロ。現在B5ノートで600グラムぐらいの軽いのもあるが、まだ高く20数万円はする。いずれそれ級を持ちたいがしばらくはこれで我慢。夜水割りを飲みながら、サッカーレアル・市原戦を見る。12時過ぎ坐忘の後就寝。
by yuugean | 2004-07-29 09:07 | 2004

テレビで見る修行

4時起床。このところ暑さはすでに朝から。目を覚ませば3時半、このところはいつもこの時間に目がさめる。4時に床を離れ洗顔、コーヒー沸かし。今日は「海の日」休日。いつもの通り起床し、いつもの通りの作業。今日は朝からかなり暑い。前回この日記に書いた「飛んでくる苦痛」の結末について書いてない事に気がついた。ほんとうは「苦痛」と言うほどではないが、とにかく異常な金属的な痛さ。私は二人置いて右手のお婆さんが、その「苦痛」を持っていて、こちらが「経絡」を開いた状態になったときに「飛んできた」と思っている。この時「意識」をさっと切り替えると、金属的な痛みはたちどころに消え、元通りの状態になった。私は何となく、もし「後天的な神」が多分に残っていたなら、「痛み」はダメージとなり私の体の中に何らかの形で残ったのではないかという気がふっとした。それが「意識」転換するだけで「消えた」のは、「後天的な神」があまり残っていないからだという気がした。よく「ヒーラー」や「霊能」をやっている人が何年か経って突然それほどの年でもないのに亡くなったり、相手の悪い気を受けて体調不良になったりするのは「後天的な神」を自分の精神・意識の中から取り去り滅却する修行をあまりしていないからではないかという気がした。その為に相手の「邪気」をもろに受けてしまい、かえって「ヒーラー」の方にダメージとしていつまでも残り積み重なっていくのではないかという感じがした。昨日は日曜日で、太極拳の修練日。朝起きて5時半より「坐忘」、「出神」-「収神」。その後暫時パソコン作業。7時40分家を出て秋葉原マックで待ち合わせ、コーヒーを飲んで9時過ぎ近くの「童夢館」へ。9時15分黒尾先生の「特別修練」。今日は古式太極拳の玉女センサなどの部分稽古。その後10時から全部の人と修練。八段錦、伸展法、24式太極拳。次いで陳式太極拳。少憩の後85式太極拳の修練。昨日はその後いつもどおり終わった。今日19日は昨日の太極拳の影響で少し身体がだるい。これは練習日の翌日はいつものことだ。それで4時過ぎ起きて「坐忘」、「出神」-「収神」。その後暫時パソコン作業。今日は暑いので、一日家で過ごす。読書するにも身体がなんとなくだるい。自然にテレビ鑑賞となるが、たまにはいいかという感じ。時々坐忘を挟んで一日なんとなく終わる。ただ今日は朝から結局「修行」系のテレビばかり見ていた。いずれのNHKだが10時からは「世界遺産・比叡山延暦寺」。「千日回峰行」を行じている若い修行僧の日常と、「生きている」最澄に7年間仕え、一歩も堂から出ない(これも修行)僧、謎と伝説に包まれた元三大師、それらを追ったドキュメント。「千日回峰行」は人も知る難行苦行で千日間、飲まず食わず、充分に眠らずに毎日6時間かけて叡山の峰峰を回る。「行」終了すれば「聖者」として迎えられる。昔あるパーティで「千日回峰行」をやった僧と隣り合わせ話を聞いたことがあったが、「聖者」という感じではなかった。肉体の限界にいぞむことで却って精神の「原点」に到達すると言う方法。これは古来様々な日本の宗教現場で行われてきた。滝行や大峰奥駆けをやる修験道などでは常のことのように受け止められている。11時からは「黄泉の森、光の道」。これは今回「世界遺産」となった吉野・熊野・高野を結ぶ紀州の古道の特集。いずれも一度は訪ねたことがある場所で懐かしい。3時からは「NHKスペシャル」再放送。永平寺の104歳になる住職にスポットあてた特集。作家立松和平との対談の中に出てくる住職のことばの切れ端がひとつひとつ重い。「座禅で禅師は何を考えておられますか」「何も考えない」これはまるで「坐忘」の無為。「自然はよく出来ている」これはまるで無為自然。
夜7時半からは「世界遺産・紀伊山地」の特集。中継で、熊野、吉野、高野をつないでおり見ごたえがあった。ことに吉野・蔵王堂からの中継で、若い修験道行者がすでに14回も「奥駆け」をやっており、なおかつ平心、謙虚な気持ちを持っている。「千日回峰」も大変だと思うが、「奥駆け」も尋常の行ではない。それにもかかわら平生心がよく見える。「奥駆け病」というのがあって、それに何度もかかっていると笑いながら平気でいうのは立派。高野山へは2年前の夏行って、奥の院の手前にある宿坊・清浄心院に泊まり、朝の勤行にも参加させていただいた。若い修行僧の方たちとも話しをした。なにか清清しさを感じたのを覚えている。吉野は子供の頃行ったが、もう一度桜の頃に是非行ってみたい。「役の行者」の本山を訪ね、西行や芭蕉の足跡など訪ねてみたい。
この日は結局テレビで「修行」を「見た」一日。12時「坐忘」の後就寝。
by yuugean | 2004-07-19 09:09 | 2004

飛んでくる「苦痛」

4時過ぎ起床。洗顔、コーヒー沸かし。朝のいつもの儀式。それを終わって「坐忘」。昨年10月末から「出神」の修練をはじめて8ヶ月が過ぎた。この期間、半年までは朝1回の「出神」、それを過ぎてからは1日2-3回の「出神」の修練を心がけるようにしている。しかし実際には月に1-2度、1日1回しかできないときもあるが、とにかく「原則」は守るようにしている。前半のころは、むしろ「意識」が自然に立ち上っていくのが見えた。しかし慣れるにしたがって「影像」はむしろ「薄く」なった気がしていた。ただ時々は「濃い」ときがある。おそらくこれは「慣れ」によるものだと思われたが、最近また最初体内から出て行く「影像」、終わって「収神」のとき、体内に入っていく「影像」には「濃い」ものがあるようになった。それと、もうひとつの変化は「周辺」を遊泳するとき、「神」そのものが、へなへなと崩れて、大気と合一する。その中に混じってしまい、その中の「光」の霧そのものになったかの如き状態。「神」はあると思えば、そこにあり、消えるときは即座に霧となる。「神」は「質」がなく、形がない。そのために却ってあらゆる「形」となり、あらゆる「質」となることができるように思われ、空間を飛び、即座に天上まで登る。それが「意識(神)」の実態か。「色即是空」とはこのことか。
また最初の「坐忘」のとき、坐忘が深化するにつれ、全身の「経絡」が開いていることがよくわかる。その状態になって初めて「出神」を開始すると言い換えてもよい。この間、電車の座席に腰掛けて瞑目し、全身の「経絡」が開いた状態になった時、座っている左足の踝のところが何か金属が入っているような異常な鋭い痛みが現れてきた。これまで自分には縁のない部位で、そこが痛むことなど考えられない。そこで周囲を見回したら、右の二人向こうに座っていたお婆さんが立ち上がり、右足を引きずるように杖をつき電車を降りた。「経絡」が開いているときは、空間を通じていろいろな状態が移動してくる。多分あのお婆さんの右足には金属が入っているか、足の病気を患っていると思う。満員電車の中では危険で何が「飛んで」来るかわからない。やはり静かな部屋でそういう危険のない場所を選ぶことが必要。何時ものとおり、7時半家を出て飯田橋で小憩。午前中はオフィス、午後から経済産業省。このとろ昼食はずっと、経済産業省の地下のレストラン。和・洋・中と揃い、外部の専門店が入っているので結構おいしい。なかでも中華は街で中華「小チ坊」をやっている西武レストランの運営で好みに合っている。本格的中華で定食510円。このところずっと中華を食べることが多く、まるで中国人になったみたいだ。夜例のごとく小宴。話尽きず。
by yuugean | 2004-07-16 09:11 | 2004

「長官狙撃事件の闇」

         
◆「時々断片」

何と熱い今年の夏。7月としては3年ぶりの猛暑ということですが、これから週
末、それと来週にかけて再び「梅雨空」に戻ると言います。いまはマスコミは「曽
我」ニュースで持ちきり。なぜこんなに大騒ぎするのか、もっと密かに日本を脱出
し、ジャカルタで「密会」するのが普通ではないかと思ってしまいます。あくまで
も「プライベート」な家族再会のはず。マスコミの気持ちはよくわかりますが、そ
れに明らかに便乗しようとしている個人・団体がいる。そういう事態は、このとこ
ろずっと続いていますが、本当は何かおかしいですね。マスコミが正義であるよう
な、あるいはマスコミの流れに沿うことが正義であるような風潮はもういいかげん
にやめて欲しいと思います。ちょっと待てよーという感覚が何よりも大切なように
思われるのです。

◆「イラク断片」
イラクで権限委譲が行われて1週間。ブレマー長官が去ってから、彼らがイラクで
本当は何をしようとしていたかということが徐々に出始めています。ブレマー氏は
慌てて逃げるように帰国しましたが、残された法案が100ぐらいあって、その中
にはブレマー氏やブッシュ大統領、チェイニー副大統領らが関係した企業が主体と
なったイラクでのプロジェクトがいっぱいあるといいます。今週発売の「東洋経
済」でも「イラク復興に介入するアメリカ企業」の特集をやっていますが、ここに
も多くのアメリカ企業が「イラク復興事業」に介入しチェイニー副大統領関係の企
業の石油事業や、その他アメリカ現政権の関係者が関わる企業による「復興プロジ
ェクト」が目白押し。この「イラク復興」資金はもともと日本や国連各国が巨額を
拠出したもので、その果実が結局はブッシュ関連のアメリカ企業に入るというのは
一体どういう仕組みになっているのか。「イラクを自由に」という旗印のもと行わ
れた「イラク戦争」が結局はバカ・ブッシュの「植民地戦争」にすぎなかったこと
が、こういう結果からも透けてみえます。イラク国民はすばやくそれを感じ、「自
分達の財産を収奪しょうとしている」というのはあながち間違いでもないように思
われます。こんなことでは「反アメリカ主義」がさらに拡大しても何らフシギでは
ない状態です。

◆「オ@ム断片」
9年ぶりに「国松長官狙撃事件」がまた動きだしました。新たに4人が検挙されま
したが、問題は結局「実行犯」まで辿り出せるかですね。「実行犯」といっても、
何らかの形で「教祖」の暗示を受けただけ。これはオ@ム全体を通じていえること
で、よく「オ@ムの深い闇」という表現をマスコミが使いますが、これは本来「a教
祖の深い闇」というべき問題だといつも思っています。私は個人的に前から「平田
信」という青年に関心を持っています。あまり詳しくは知りませんが、北海道の普
通の家庭に育ち、大学を出て、東京に出て、何かを常に求め、彷徨しながら彼は何
を感じていたのだろうか?自分なりに精一杯真面目に生きようとしていたんだろう
なとも思います。結局魂のよりどころをオ@ムに求め「修行」し、教祖の警備など
やりながら、オ@ムの部品のひとつとなって、拉致事件でも「ぱしり」的なわずか
な役を振られ、その後も、、。今はひょっとしたら、東北の湖の底に沈んでいるか
もしれない。その「軌跡」を見ると、普通の青年が社会と言う魔境の中で、自己を
求めながら結局は大きな「渦」に巻きこまれて自滅していく。生死は不明ですが、
彼はひよっとしたら以前言われていたような「狙撃実行犯」ではないのかもしれま
せん。そうとすると、本来は「微罪」に過ぎないのに指名手配され逃亡して、今は
どこか東北の山の湖に沈んでいるかもしれない。何か哀れな思いがしてなりませ
ん。彼を含め、多くの青年達を「巻き込んだ」のはたった一人の人間です。そんな
ことを考えていたら、今回の4人の検挙です。
以下は現役社会部記者の手記です。4年3月「警視庁長官狙撃事件の闇」
by yuugean | 2004-07-09 15:30 | 2004

太極拳の日

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。いつもの通り起床し、いつもの通りの作業。今日は朝からかなり涼しい。このあいだまで、大変蒸し暑かttが天気はすっかり様変わりしてしまった。台風が日本列島を挟む形で襲来しており、その影響で東日本は涼しく、西日本は蒸し暑いという状況となっている。いずれにせよ、天候は異常。今日は日曜日で、太極拳の修練日。本来ならば土曜日は月一回の中国人「老師」による、気功修練日だがもうあの段階の修練は終わったと思っている。それより太極拳の修練が大切。朝起きて5時半より「坐忘」、「出神」-「収神」。まず「坐忘」ウオーミングアップ。その後インターバルを取って、2回目の「坐忘」では足裏がジンジンしてくる。次に、「意識(神)」がひとりでに体外に上っていく。「神(意識)」は上っていくと意識した瞬間からひとりでに「上り」始める。頭上に出た「意識(神)」に「意識」を集中して「人の形」に集め、目の前のテーブルの上で「桃之介」が体技を演じる。終わったら、「意識」をいったん「虚」に返し、周囲の大気と同じになる。その後、「意識」の像に集中して、天頂から体内に入れ中丹田に収めて「出神」の修練は終わる。その後暫時パソコン作業をやり、7時40分家を出る。神田に生き、ヴェローチェで待ち合わせ、コーヒーを飲んで9時過ぎ近くの「さくら館」へ。9時15分から黒尾先生の「特別修練」。今日は古式太極拳の欄雀尾などの部分稽古。その後10時から皆と修練。八段錦、伸展法、24式太極拳。休憩の後、拳法の修練。次いで85式太極拳の修練。これが終わると12時、例のとおり地元に帰り、昼食。その後小憩の後入浴し、その後小宴。これは今まで例のとおりの日程で、小宴が終わった後、しばらくしてテレビ観覧。終わって「坐忘」の後就寝。
by yuugean | 2004-07-04 09:13 | 2004

「蛍」

          
◆「時々断片」
今年の夏も相変わらず「気象異変」に見舞われるのでしょうか?まだ「梅雨明け」
とはなっていませんが、西に地域限定の「竜巻」あれば、東に静岡市のみの、とて
つもない「集中豪雨」ありで、なにか「天地」の怒りを現しているようでもあり、
今年の夏の酷暑を予測しているようでもあり。夏と言えば、子供の頃は「蛍」でし
た。夕方になると、行水をやり(今の子は多分何それ?)、天花粉をいっぱいつけ
てもらい、浴衣に着かえて川向こうの小川めざして行ったものです。点くかと思え
ば消え、消えるかと思えば点く、そんな蛍の白い黄色い灯の儚い「風情」はニッポ
ンの原型でもあった思いますが、今ではホテル椿山荘などで行う、ビールと枝豆が
ついた、贅沢な遊びになってしまいました。

◆「オ@ム断片」
前世紀で誰か「預言者」を選ぶとすれば、疑いもなく「エドガー・ケーシー」を選
びます。この方については、それほど詳しいわけではありませんが、ずっと長い間
関心を持ち続けていて、いずれ全ての著作を読んでみたいと思っています。生涯を
通じて実に多様なことをやられた方で、いわゆる「超能力者」であったと思います
(註1:下記)。

膨大な「リーディング」の記録がアメリカの「研究所」には残されているというこ
とで、まだ未整理の部分も随分あるようですが、予言の中に確か「次の世紀に東洋
に偽キリスト現れる」という主旨のものがあったと思います。ケイシーの「予言」
について、それほど今は関心は持たれていない様で、事実随分「当たっていないも
の」もあるのは事実です。しかし私はこの「東洋に偽キリスト」というのがずっと
頭の中に残っていて、オ@ム事件の時真っ先に頭をよぎりました。オ@ムについて
は、現在もまだ事実上信者が沢山おられるので、あまり他から申し上げるのもなん
ですが、「社会事件」としての事実は消しようがありません。ケイシーがどういう
積りでこの「予言」をしたのか、コメントがなかったように思いますので詳しくは
わかりませんが、オ@ムの教祖はこの国に「王国」を作ろうとして失敗した事は確
か。「法王庁」みたいなものから「法務省」、実にいろいろな組織を、何とも子供
っぽい発想で作っていかれた。みんな頭のいい方がここに参加されたことは事実で
すが、「頭の中」のイメージを野放図に膨らまして、現実を無視し飛び越えてしま
った所があったような気がします。以前日本で航空機をハイジャックした若者が機
長を脅迫して操縦桿を自分の手に握って客のいっぱい乗った航空機を運転したこと
がありました。彼は日頃、シュミレーションゲームで飛行機を運転し、レインボー
ブリッジの下を潜り抜ける操縦を「頭の中」でして楽しんでいたと言う事ですが、
それで現実の航空機も同じように低空飛行させようとした。このハイジャックの場
合は、やったのが一人で途中でクルーが命を賭けてとり抑えたので惨事は免れまし
たが、オ@ムの場合は幹部集団が実行し、誰も停められなかったのでサリンのよう
な大惨事になってしまったと思います。

オ@ムの教祖の存在を始めて知ったのは、千葉・津田沼のパルコの本屋で平積みさ
れた教祖の本を立ち読みしたのが最初でした。表紙に顔を歪めて「空中浮遊」する
本人のモノクロ写真が載った例の本です。まだオ@ム神仙の会の当時じゃなかった
かと思います。その時、同じ本屋の別のコーナーでもうひとつの奇妙な本も立ち読
みしました。それが高藤聡一郎氏の「仙人になる法」(大陸書房)。当時別のこと
に関心があり、本を買うまでには至らなかったと思います。結局、その後数年して
再び私は高藤聡一郎氏の「仙道入門」を読んで修練を始めたのですが、考えてみれ
ばその頃からオ@ムには人が集まり始めていたんですね。

それから10数年後、オ@ムは組織として膨張し、社会と隔離した環境の中で集団
生活し、無理な資金作りをしていかなければならなかった。修行だけとれば別に少
しも誤りでなくとも、一層現実社会とのギャップが深まり選挙での惨敗を契機に、
「現実社会」を捻じ伏せるという幼少時からの教祖の頭の中の妄想が膨らんでいっ
て、ついに暴走した。そんな気がします。前から教祖は高藤聡一郎氏ともどこかで
会っているという気がしています。最初の頃教祖は「仙道」を修練し、大周天まで
行ったということですが、この頃高藤聡一郎氏と会っている気がします。学研が
「高藤本」の多くを絶版にしたのには、そういう事情が絡んでいるような気がして
いるのです。

エドガーケイシーが「東洋に偽キリスト現る」と予言した本当の内容はなにか疑問
ですが、オ@ムのことが話題になるたびに脳裏に浮かぶ言葉です。教祖が目指した
「王国」は「蛍」のように儚く消え去り、事件後新しく発足したオ@ムの後身から
も、既に多くの中心メンバーが離れたとか。「年年歳歳人みな同じからず」です
ね。

註1:こういった人達の意識の仕組みについて、仮説をたてて見ました
by yuugean | 2004-07-03 15:28 | 2004

桃之介

5時起床。洗顔、コーヒー沸かし。「坐忘」から始まって、「出神」-「収神」。これは相変わらず毎日修練。一日2-3回の「出神」修練をやっているが、朝の5時ー6時に一度、それから仕事中に1度、さらに帰宅して1度というようなパターンになっている。徐々に慣れてきて、「出神」モードに入るにも、それほど時間がかからなくなった。1度目はかるく「坐忘」のウオーミングアップ。さらにインターバルを1分ほど取って、2回目の「坐忘」。早い場合はそこで足裏がジンジンしてくる。さらにインターバルー坐忘。そうして体内からまず「光」のイメージを頭上に広げ(というよりは広がり)、すぉのうっすらとした「光」の中に、体内から「意識(神)」が上っていく。時によっては非常にはっきりと「気体プラス液体」みたいな事象が上っていくのが「心の目」に見える。別にこの「作業」は難しいものではなく、むしろ「イージー」。「神(意識)」が上っていくと意識すれば「上り」始める。時に「光の筒」のように見える時があるが、「上って」いく「意識(神)」が上りきってしまうと、最後に「板」のようなものが上ってきて頭の天辺を塞ぐ。それで「出神」は終わる。その後、「定像」作業。作業というほどのものではないが、頭上に出た「意識(神)」に「意識」を集中して「人の形」に集める。それは徐々に「人の形」らしきものになって行き、私はそれをいま「桃之介」と呼んでいる。性格は優しいが、戦うべき時は戦う。気がやさしくて力持ち。タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きている価値がない。そんなムードを漂わせた若者のかたちに見える。朝には目の前のテーブルの上で桃之介が太極拳(のさわり)を演じたりする。終わったら、「意識」をいったん「虚」に返す。これは「定像」作業で「形」ができた、「桃之介」つまり「意識」の像のがばらばらになって、みるみる「虚」に帰して周囲の大気の中の「光」の粒子と同じになる。しばらくその状態をたもつ事は、大変気持ちいい。その後、再び「意識」の像に集中して、「虚」に帰っていた「意識」の粒子(光)を集め、「像」つまり「桃之介」とする。天頂に持ってきて、体内に入れて「出神」は終わる。いま感じていることは、「意識」は、思えば即ち形が現れ、また思えば即ち形が無くなり「虚に帰す」ということ。それが「意識(神)」の実態。これが「色即是空」。「色」は形のあるもの、「空」は形のないもの。この二つの状態を瞬時にし繋ぐのが「意識」では無いかと言う事。森羅万象、宇宙現象、すべてこの二つの状態をいったり来り。時間の長さの差はあるとしても、形あるものは滅び、無から有が生まれてくる。「意識」はそれを瞬時に行うので、状態によっては「時空」を超える可能性もあるのでは?
by yuugean | 2004-07-02 09:15 | 2004



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