遊化の森

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陽神温養

4時過ぎ起床。もうオリンピックも終盤。興奮させてくれる競技も少ないが相変わらず4時に起きて、テレビ1チャンネルをつけてしまう習慣が残っている。洗顔、コーヒー沸かし。起床後いつもの「儀式」、早朝の「坐忘」ー「出神」-「収神」。このところずっと修練しているのは、身心が「変性意識」の領域に入っていくと、まず頭上に現れてくる「光の輪」。それは日によって状況が少し変わっている。その後目光、耳光を体内に這わせると「陽神」の所在が次第にはっきりとしてくる。次にこの「陽神」に意識をさっと落とすと、「陽神」は上り始め、先程の「光の輪」に入っていく。体内から続いて「陽神」は上ってきてやがて全て「光の輪」の中に入ると動きは止まる。この「光の輪」の中でしばらくの間「陽神」を温養し、その後「光」を「陽神」の中に取り込む。その後で時には「神遊観」を時々行う。その後再び頭上に「光の輪」を出現させ、その中に「陽神」を温養。しばらく温養して、再び「光」を「陽神」の中に取り込み、今度は身体の中に「収神」。まず「中丹田」をめがけて「陽神」を降下させ、それを更に「下丹田」に。その後、上丹田にも行き渡らせ、全体の三丹田を再度温養して終わる。この時期の「出神」など一連の「煉神還虚」の修練は結局、体内と体外における「陽神」の「温養」にあると思う。「神遊観」的な周辺遊行は、その応用編みたいなもので、基礎編は体内外における「陽神温養」にあるといっていい。昨日は金曜日だったが、午前中はオフィス、その後霞ヶ関の経済産業省。例の中華屋さんで昼食。昼食を食べたら猛烈に眠気が襲ってきたので、あまり人の来ない新館ロビーで休憩。試みにここで「坐忘」し「出神」の修練。そこで感じたことは、「気感」の密度が極めて高いということ。自宅の時よりも数倍に感じられる。本当は、「仙道」の修練は、こうした「気感」の強い場所「洞池」でやるのが一番いいと言われる。私の感じでは「霞ヶ関」や「兜町」はさすが日本の「権力」や「金力」の中心的存在であるだけに、なぜか「気感」は強い。ほんの「ちょんの間」だったが、気持ちよく修練できた。16時から銀座テアトルで「華氏911」を見る。ブッシュ政権の危うさをアメリカ人の視点から編集すればこういう映画になるということ。ビジネスの為、石油の為、戦争で若いアメリカ人が死に、多くの罪もないイラク人が爆撃で死んだ。この悲劇は「何のために?」という言葉が常に頭をよぎる。映画を見た後は久しぶりに「天龍」で餃子とビール。ここの餃子は店がまだプレハブだった時代から通って来ている味。
by yuugean | 2004-08-29 09:32 | 2004

温養

4時起床。このところはきまって4時に目覚める。床から出るのは4時過ぎ。暗いうちに洗顔、コーヒー沸かし。いつもの「儀式」。こうしていると、いまの季節の「夜から朝」への境目がよくわかる。その「境目」はほぼ4時30分過ぎだが、真っ暗な夜からほのかに明るさが見え始める。一番判るのは「虫の声」。夜の間は、こうろぎなど秋の虫が盛んに鳴き競っている。それが決まったようにぴたりと鳴くのをやめ、代わりに瞬時を待たず、まだ暗いうちから「蝉」がなき始める。この「境目」がまるで境界を分けたようにはっきりしている。それがこの季節の「夜と朝の境目」。さて「修練」。この頃感じることは、この時期に入って最も大切な事は「温養」ということ。10ヶ月前から「出神」の修練を始めている。それはそれでいろいろな経緯があって、現在はほぼこんなものという所にきていると思う。ところがこれまで「出神」や「収神」のやり方・日々の変化に心を奪われていたが、この時期に最も大切なのは「温養」だという事が、何となく「天から声」があった感じで判ってきた。「出神」や「収神」とともに、さらに「温養」にいちだんと心を砕く事が大切で、それをやっていきたいと思っている。具体的には「出神」した時の身体外での「温養」の仕方、「収神」したあとの「温養」の仕方に習熟することが必要と思う。いつもの通り、午前中はオフィス、二時から洗足の歯科大学病院で歯の治療。夕刻はいつもの通り小宴。終わってテレビ。その後パソコンに取り掛かり、12時坐忘、就寝。
by yuugean | 2004-08-10 09:35 | 2004

日本人と中国人

5時過ぎ起床。洗顔、コーヒー沸かし。これはいつも通り。そしてウオーミングアップをして第一回「坐忘」。そして短いインターバルをおいて何度か「坐忘」。こうして徐々に「坐忘」の深度を深め、そしてここでは、足がじんじんして、意識が次第に変性領域に入ってくることが「験」(兆候・しるし)なのだが、これが現れ時期至るやまず体内から「光」を出し、それに沿う形で「出神」する。「法身」が出終わるや、それを目前のテーブルに移し、いつもの儀式を行う。その後、部屋を出て、近所を一回り。毎回違う街区を少しみて帰る「神遊観」。その後頭上において形象を固めた後、一転即座に、意識はばらばらの「光」の粒子になり周辺の「気」「光」になじみ拡散する(還虚)。しばしそのままの状態を保った後、再び形象を固め、光がそこに流入するのを待って「収神」して終わる。先日「骨とろ・筋とろ」のことを書いたが、「骨とろ」は、「全身の骨」が「とろとろ」の状態になっていく様子をイメージで進めていく修練。「意識」が移動していくにつれて、その部分の「骨」が「とろとろ」になっていくイメージを修練するのだが、ひとつ注意しなければならないのは「腰骨」の部分。他の部分はいいが、腰骨および仙骨へ意識を持っていくのは大変危険だということがよくわかった。最初の頃、二回ほど「腰骨」も「とろとろ」の状態をイメージしたら、翌朝ベッドから起き上がれなくなってしまった。ベッドからやっとのことで起き上がれても、今度は立ち上がれない。「腰痛」になったと思い、その療法を探そうとしたが、結局これはこちらの「意識」通り「腰」が「とろとろ」になったのだという事がわかった。それで今度はあわてて「腰」が「固まっている」状況をイメージ。二日ほどそれをやったら、今朝は何の痛みもなくすっとベットから起き上がることが出来、立ち上がることができた。「意識」(神)のパワーの強さを思わずにはいられない。「意識」(神)のパワーに対し改めて信頼をおく気持ちが強まっている。今日は土曜日、午前中は自宅で仕事。昼に新宿に出て用を足す。午後5時頃から「阿波踊り」見物。もう20回にもなる「阿波踊り」でこの時期に昨年も見た。今回は本部席の横に席がとれ、ビールを飲みながら1時間ほど楽しんだ。その後夕食をし、9時からは自宅で10チャンネル「サッカーアジア杯」を見る。これまでのヨルダン、バーレーンでもそうだったが、中国人サポーターのマナーの悪さは際立っている。中国人もいろいろ、一部のフーリガン分子がいて、他はそれに面白がって付和雷同している連中だ。結果は3-1で勝ったが、日本が優勢だとさすがに彼らも静かになる。今日の試合は、まだ日本が格上であることを示していたが、フィジカルでは中国人も強いものを持っており、今後は侮れない。表彰式で中国側の監督(西欧人)がボイコットして出てこなかったが、いったいどういう考えなんだ。しかし中国人は日本が侵略した昔の事をいつまでも決して忘れない事は、昔シンガポールで食事した商社駐在員が言っていた。普段は本当に友人づきあいの中国人でも、そのことになると「反日」になってしまうと言う。日本人は忘れやすいが、どちらがいいか解らない。二発の原爆を落とされ、数十万人もの国民を爆撃で殺されたのに、それをころっと忘れ、アメリカに尻尾を振り、「ポチ」となる日本人。かって一度爆撃されたのを忘れず、六十年もたったスポーツの大祭典で平気でブーイングし国旗を焼く中国人。この「国民性」はあまりにも両極端だが、どちらがいいという問題でもないように思われ、中国人はむしろアメリカ人に似ているかもしれないと思ってしまう。
by yuugean | 2004-08-07 09:36 | 2004

面壁九年

5時過ぎ起床。洗顔、コーヒー沸かし。起床後いつもの「儀式」、そして「身体」のウオーミングアップ。早朝の「坐忘」ー「出神」-「収神」。これもいつもどおり。修練中は集中力を欠かさないように細心の注意を払う。「出神」の状況は、「仙道連」系(ということは白雲観伝来。ということは大陸仙道の正統派だが)でいう「神遊観」を時々行う。今の所はまだ身の回り。そして少し離れてご近所周辺。そうすると、各家の家族構成やご主人が何時ごろ帰宅するとか、ご夫婦の関係とか、あるいはどういう日常かなど瞬時に感知される。それが当たっているかどうか解らない。杉並区から越してきてまだ二年少し、ほとんどお付き合いはなく、時々表で顔を見る時があるだけ。しかしいろいろな「内部」を瞬時的に感じてしまう。例えバーチャルであっても、今の所は「感じること」は、私にとっての「真実」。これはミニ「神遊観」というべきか。まだほんの隣接した家のみだが、いずれ徐々にその範囲が増えていく事になると思う。いま私はいわば「面壁九年」の中にある。最初の三年間は「坐忘」によって、内なる「法身」を固める事に専念してきた。これは徹底して「個我意識」を自己の中から消し去る修練。その三年間が終わって、いよいよ「出神」修練が始まり、日に1回の「出神」から半年後には、日に2回の「出神」修練に移っている。最初のころは「出神」もほんの身の回りに限り、その後少しずつ範囲を広げていく。トータルでの「面壁九年」はこうしてむしろ淡々とした修練の積み重ね。その間例え「開悟」を得たとしても、それは言ってはならず、ただひたすら平常の修練を平常の如くに重ねるのみ。それが「面壁九年」の姿。「面壁」とは諸説あり、私はむしろこの期間は「坐すこと」「坐忘」に入る事を常に自ずから求められる(自身の内部から)時期にあたるのではないかと考えている。それにしても相変わらず暑い。暑すぎる。関東では既に「真夏日」連続30日を越えており、これは観測史上2番目の「真夏日」連続記録。それをいま更新中だから、可能性としてはいずれ、史上一番の「真夏日」数ということになるかもしれない。「熱中症」は室内にいてもかかるというので、とにかく水分。そして冷房系。それを心がけたいところ。少し前は冷房がいやなので「除湿」で冷やすようにしていたが、もはやこれでは追いつかない。今日は水曜日、7時半家を出て飯田橋で小憩。午前中はオフィス、その後霞ヶ関の経済産業省。仕事がらみでは以前から二つのプロジェクトを計画中だが、この暑さのせいで、取り付く気がおこらない。まあ、「真夏」の間はいいか、盆ー旧盆ー夏休みでもあるし、と勝手にネグレクト。今年は「東京湾華火」に行こうと思っているが、知れば知るほど大変な様子。どのポイントがいいのか、帰るのに苦労しないか、現在調査中。
by yuugean | 2004-08-04 09:39 | 2004

骨とろ筋とろ

5時過ぎ起床。洗顔、コーヒー沸かし。いつもの「儀式」。それからウオーミングアップ。いまやっているのは、自称「骨とろ・筋とろ」。これはいわば、白隠和尚の「軟その法」の自己流版。「骨とろ」は、「全身の骨」が「とろとろ」の状態になっていく様子をイメージで進めていく。まず静かな部屋に座って目を閉じ、ゆっくりと深呼吸。その後「天頂」から「頭骸骨の中」-「首の骨」ー「両手の骨」-「指先」と行き、次に「脊椎」を下に下る。さらに「骨盤」-「下肢」-「膝の骨」-「指」と下がっていく。全ての課程を通じて、「意識」が移動していくにつれて、その部分の「骨」が「とろとろ」になっていくイメージ。ひととおり、「骨」の部分が終わり、意識が「全身」に及ぶと、そのまま「坐忘」。これが終わると次は「筋とろ」。同様に今度は全身の「筋肉」部分が意識の移動にしたがって「とろとろ」になっていくイメージ。その後しばらく「坐忘」しインターバルを取る。そしていつもの通り、下肢を中心に「経絡」が全開の状態になっていることがわかると、「出神」を始める。「出神」-「収神」はいつもどおりに行う。今日は月曜日、7時半家を出て飯田橋で小憩。午前中はオフィス、11時から小伝馬町の取引所で会合。その後霞ヶ関の経済産業省。昼食は相変わらずここの中華。仕事を終え、有楽町のビッグカメラで「メモリ」256mbを買う。この間からデスクトップの方のパソコンで「仮想メモリがない」というエラーメッセージが出るようになったので、メモリ増設止む無しと思っていた。帰宅後メモリを増設、その後は映像消えもなく快適になった。夜NHKで「岐路に立つ赤十字」というのをやっていたので見る。アメリカが9.11以来「ジュネーブ条約」を守らないという事態が起きており、キューバでイラク人を収容し「これはジュネーブ条約適用外だ」という理由で、内部調査に協力しないと言う。その影響は世界的な広がりを見せ、各地で「ジュネーブ条約を守らない」というケースが増えているという。「テロ防止」のための題目で、捕虜虐待や非人道的行為が行われている傾向が強まっており、アメリカの自分の安全のためには何をやってもいいという身勝手さには改めて赤十字も対決姿勢を見せている。その後「テレビの力」。オカルトか?超能力か?真偽は別にして、いつも見てしまう。
by yuugean | 2004-08-02 09:41 | 2004



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