遊化の森

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沈新炎老師

今日は急に寒くなってきた。天気はいいが気温が上がらない。北の方では雪。10月からずっとなぜか「中国」の「気功師」といわれる人達にお会いする機会が増えている。なぜか堰をきったみたいに「中国気功師」との出会いがずっと続いている。最初は女性の中国気功師の方でいま日本にいて大学講師かなにかの肩書きで「気功実験」に協力したりしている方。北京の中医家・馬礼堂師の弟子で「六字訣」を馬礼堂師から習ったという。そのあと「中国気功老師」が来日。みな一流の「老師」で表演されて目からウロコの思いもした。特に印象に残ったのは「林厚省」「沈新炎」のお二人。「林厚省」師には先に「手ほどき」を受けたが、もうひとり「沈新炎」師の手ほどきを急遽今日受けられることになって、十時過ぎに指定されたスタジオに行った。15人ほどがいっしょだったが、懇切丁寧な指導。私は「先生の演舞を見ていると内気に従順に動いておられるという気がしますがいかがですか?」と質問した。どうせ二時間ばかりで習得できるものではない。まして沈師が自分の体内に積み上げてきたさまざまな経験を吸収することなどはとてもできる話ではない。沈老師は「その考え方は正しい。太極拳20年、回春功20年をやって今になっている。現在は78歳だが、毎日を楽しく暮らし養生することで100歳超の寿命を得ることができると思っている」と語った。沈老師は50台までは共産党の幹部としてエリートの道を歩いてきた。その結果大病にかかり、大手術の傷跡が体に三つあるという。そこで回春功をはじめ、すべての病気は去り、今は「道家養生学」の大家。その言葉の端々に生々しい体験の跡がにじむ。現在は7万人の弟子がいる大流派・回春功20代伝人で、実は次の後継者をそれらの中から選ぼうとしている時だという。そういう内輪話も聞けるほど、こだわりのない、やわらかな性格と体を持った人。「最近老師は少なくなった」と20年この分野に携わってきた某氏はいうが、その数少ない「老師」のひとりには違いがない。手ほどきが終わり、二人の写真を撮って硬い握手。その場所で明日日本の国会に呼ばれているという。一緒に来てもいいというので、明日12時45分に議員会館の受付で待ち合わせることにし、老師と奥さんがエレベーターに乗るのを「再見」といって見送った。
by yuugean | 2005-11-16 20:07 | 2005

楊心会

朝五時半起床、コーヒー沸かしの後、朝の「修法」はいつも通り。難しかった「頂門開」の要領も少しずつ明かりが見えてきた感じがする。このところ仕事上のいろいろな要素もあって、時間が多少不規則になっているので、起床時間も一定していない。やはり出社時間のことを考えると4時起床で丁度いいくらいで、6時近くなると朝が忙しくゆっくり修練ができない感じになる。「三華」を天頂に集めると、「法体」出現し、やがて「金色」ぽい光を発するようになる。「天花乱墜」のあとの「頂門開」現象が現れると、自然に「出神」が始まる。まず「法体」が出て、上肢,下肢の「神」も繋がって出て行く。あとはいつもどおり。今日は太極拳「楊心会」の創始者・川島師範の七回忌を記念した「太極拳大会」が大崎の品川区体育館で開催されるので参加。朝8時過ぎに家を出て9時前に池袋で待ち合わせ、JRで大崎に行く。この日総勢400人前後が参加した。開会式で黙祷の後、八段錦を予備式として「楊氏太極拳簡化式」「陳氏太極拳」「楊氏太極拳老架式」など次々にプログラムが進んでいき、10前後の都内各地の太極拳グループがいくつかに分かれて演じる。その他「拳」がいくつかあり、新しく「ケッカ拳」に始めてチャレンジ。結構面白かった。ぜひこれをもう少し習いたいと言うのが多くの人の感想。終わって別れを告げ、池袋で小宴ののち解散。
by yuugean | 2005-11-11 20:09 | 2005

国会表演

 今日は格別に寒い。今日は一時から国会・議員会館の中で、中国気功の演舞があり、回春功20代伝人・沈新炎老師が国会議員などを前に「道教の養生功」の考え方を講演し、演舞するのに立ち会った。奥さんも一緒だったが、広い会議室でいろいろ興味深い話が聞かれた。最初「文化の日」にお会いしたとき目があった気がしたのだが、滞在日数が延び、国会議員会館の中で「講演」されることになり、急遽速達が来て昨日お会いし、今日一緒に国会へ行くことになった。昨日「先生の表演を見ていると、ご自分の内気のままに動いておられることがよくわかりますね」と申しあげたら「その通り。太極拳を20年やり、回春功を20年やった。あなたも私くらいやtればすなる」という話。7万人の弟子がいる大流派のトップに立つ人だが、偉ぶるところは全くなく自然。誰にでも優しく話をされる。今日の話のなかで、これが道家の思想と感じられるところも多々あった。
by yuugean | 2005-11-11 20:06 | 2005

林厚省老師

秋は既に終わりの気配。天気はいいが、寒気も列島に迫っており、秋の短さを予測させる。朝5時半起床。このところ、朝が少し遅くなっているのは、夜二時ごろまで起きているケースがあるため。少し時間が以前よりも不規則になっている。早々に12時就寝。その前に「坐忘」し、翌朝4時ー4時半に起床し修練するという従来のスタイルに戻さなければならない。このスタイルが最も調子がいい。朝起床後コーヒー沸かし、いつもの儀式で「坐忘」から内丹法修練が始まる。このところ「出神」の回数には拘らなくなっているが、一日に「七回」という以前の方式もまた捨てがたい。これに戻すことも検討の対象。「出神」において、必ず「頂門開」の一項を付け加えたことにより、状況が少し変わってきている。最近では「自然に開く」と感じることもあるが、定かなものとはなっていない。「頂門開」はだれか「真師」が傍にいて指示が必要というが、やるのは修練者であり、その方法が口訣の中でも大きなモノという気がする。身近に、それに値すると思われる師を見つけることは困難なので、以前「チベット密教」の「頂門開」(天頂に花を挿す小さな穴を開ける行)を試していて、そのとき本当に穴が開きそうになったが、その時私は聖胎を泥丸に抱えていたため、あわててこの行を止めたことがあるが、多分その方法は一つのヒントになるだろう。「五気朝元」「三華聚頂」なかでも「天花乱墜」の現象は昔からすぐ起こってくるが、「頂門開」はあれこれ試して自ずから確定する必要がありそうだ。先週の1週間、「文化の日」に中国の「気功老師」たちの表演を見て、「内家拳とはこういうもの」という感想をもった。それで6日の日曜日「太極拳」の修練の日に試してみると、気持ちよくやることができた。「老架式85式・楊氏太極拳」は大変に気持ちよかった。それは一切外の「気」にはとらわれず、ひたすら自分の「内なる気」に従って動き演じるということ。そうすると自然な、やわらかい太極拳ができる。以前箱根へ「太極拳」一泊研修にいった夜、お酒を飲んで先生に「太極拳は動く坐忘ですね」と申し上げたことがあるが、その感はますます強くなった。今日仕事上では、某財団の会長に1時間ほど皇居前のオフィスでお会いした。この方は役所の局長を2,3やった後、日本を代表する某社の副社長をやり、某財団の会長となられた人。お会いするのは今回は二度目だが、これから新しい産業分野をこれから形成していこうとしておられ、「一緒に作っていこう」と言われた。リップサービスにしても有難い話だ。この分野では役所の現役幹部とも、何回か会って話をしているが何か気持ちが通じるものがある。この幹部は、本当に頭がいい。しかも決して威張らず若者らしい感覚も持っている。以前一緒に仕事したことのあるSさんと同じ匂いを持っている。Sさんもそういえば役所の幹部で、その後本も書き、大臣にもなった人。私が私淑する二人の現代人のひとり。あとひとりは故・山本七平さんで、この方も頭のいい方だった。市谷の山本書店の本が一杯詰まれた隙間に座って何回かすばらしい話を聞いた。経団連会館でやった「シンポジウム」の基調講演を頼みに行ったら、すぐ引き受けてくださった。いまは懐かしい思い出だ。いろいろ連想が続いていくが、この日は夜、友人と二人来日中の「林厚省」さんに会いに行き、二時間ほど手ほどきをしてもらった。林厚省さんも気さくな人。現在はアメリカ在住で、日本へ来るためにいったん上海に行きビザを取って来日されたという。おそらく現在の中国で最も「気」を強く出す老師の一人ではないかと言われているという。最初有名になったのは、上海中医病院で「気功麻酔」をやって、手術したこと。もう40年ぐらい前の話だが、日本でもテレビ放映され、「気功」ブームの先鞭となった。現在はアメリカの大学に招聘され、現地で「気功」を教える傍ら、タイ、シンガポールなどに自分が編み出した「大極気功18式」を普及させ10万人規模の集会が行われるという。明日からタイでその集会があるので日本を離れる前の夜に「手ほどき」を受けることになった。修練は「大極気功18式」と「少林内功」の二つ。短い時間で完全を期すのは無理だが、来年また来日するのでその時までに覚えるようにとのこと。友人は「気をもらった」といささか上気していたが終わって挨拶をして、外に出て池袋の「プロント」でピザをつまむながら少し酒を飲んだ。
by yuugean | 2005-11-08 20:10 | 2005

文化の日

 すでに十一月、しかも今日は「文化の日」。朝五時起床、コーヒー沸かしの後、朝の「修法」に入る。はじめに「五気朝元」。「五気朝元」は、心臓、肺、脾臓、肝臓の「気」を焦脈を通じて泥丸に集め、次いで腎臓の気を督脈を通じて泥丸に集める。これを一つにして、空中に出し天空高く高く導いて天に帰す。それが終わると「三華聚頂」。「三華聚頂」は泥丸に下丹田、中丹田から内精・内気を集める。基本的にはすでに神となっているが、改めてこの「三華」を天頂に集める。  しばらく自然のままにすると、やがて泥丸に「法体」が現れ、「金色」となり光を発する。日によってそれは薄かったり、まぶしいくらいの光であったりするが、一切こだわらないでしばし坐忘。やがて「天花乱墜」が始まる。これも日によって細かい天上から降る花びらであったり、少し、厚ぼったい花のようなときもあるが、それは連綿と降りそそぎ、時には全体が白い光に包まれて見える時もある。ついで「頂門開」。天頂に約10㌢前後の穴が開くのが感じられる。最初はなぜか、このとき視点が変わって、筒の中から「穴」を見上げている状況の中で「出神」が始まる。泥丸の「法体」が出始め、それに引き連れて上肢,下肢の「神」も繋がっていく。完全に出切った時は自ずからわかり「出神」が終わる。づ上の「光の輪」にそれを導き、意識を固めると「形」を成す感覚がある。
  その後いつもの儀式、それから「神遊観」、最近は「神」のなすままに任せることが多い。あとはこれまでの方法と同じやり方で「輪光端座」-「収光」ー「天頂開」-「収神」と続く。「収神」は念入りにあわてずやることが必要だが、最近は「法体」とともに、その後に「白光」の帯が続いて入ってくるので、それが完全に入り終わるまで待つ。今日は「文化の日」だが、「文化の日」といえば、もう数年前になるが、若く鋭敏な仙道修練者S君と「お互い陽神となって文化の日にどこかで話合いましょう」とメールでやり取りしたのを思い出す。
  最近消息を聞かないが、健在なのだろうか?最初は彼は大学生で当時あったネット仙道の掲示板で何度か絡んだことがあった。何かの会で二度ほど会って話したことがある。もう一人の大学生T君とともに、修練を続ければきっといい仙道修練者になったと思う。二人とも大学生で、1年ほどで社会人になり、やがてネットとも仙道とも別れ(多分)姿を消した。社会人生活に入れば「仙道」修練からは遠のいていく人が多い。
  現実社会の目の前に横たわる人間関係や社会や会社での「愉しみ」を知れば、「仙道」修練はあまりにも「現実」離れした世界と映ずるかも知れない。それもまたいいだろう。社会の中で心が傷ついたり、人間関係に疲れた時、再び「仙道」に戻ってくればいい。「仙道内丹法」は、どういう状況においても人間の「自然」に気づき、自己の「自然」に忠実に生きようとする人間に対して適切な指針を与えてくれる。「内丹法」とはむしろそういうもの。心の自然に従って「生」を養うところに意味があるともいえる。
  今日は中国の本場の「気功老師」が何人か来るので友人と出かける。沈新炎さんは回春功20代傳人で7万人の弟子を擁する大流派で道家養生功の大家。偉ぶらないお人柄で、年を感じさせない、やわらかい身のこなしは見とれてしまう。林更省老師は気功界では古くから知られた人で会いたかったひとり。外気も出されたが、なぜか私にはあまりかからなかった。これら本物の「中国気功老師」たちの表演は、「太極拳」に大いに参考になることが多かった。ことに沈老師の表演は「内家拳」のあり方を教えてくれると感じた。夕方になって終わり、池袋に出てイタリア風の居酒屋で小宴しいろいろ話し合って解散。
by yuugean | 2005-11-03 20:11 | 2005



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