遊化の森

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若い友人

  いまは「三寒四温」ではなく、「一寒一温」ですとテレビのお天気キャスターが言っていた。確かに日替わりで「寒暖」が巡ってくる。4時半に起床し、いつもの通り「儀式」ー「坐忘」ー「天花乱墜」ー「五気朝元」ー「三華聚頂」ー「出神」ー「収神」と約一時間かけてぐるっと「巡る」感じ。細かいテクニックはあるが、それは書いてもあまり意味のない、私独自のもの。
  リズミカルに進めていくことに今は専念しているようなところ。詳しくは「出神」の前に「天頂開」を入れ、「出神」に際しては下部から蓮台がせり上がってくる。「収神」の細かい手順もある。もっと言えば「五気朝元」「三華聚頂」でもそれぞれ私独自のやり方を行っている。そしsて、全体を通じては、例えば「数息観」のようなリズミカルに物事が進んでいく方法を採っている。更に言えば「出神」したあとの「儀式」、そのあとの「壁観」的所作、あるいは数人の距離の離れた知人を訪ねる所作などいろいろある。
  そうすると、そのうちの一人から電話がかかってきて、5年ぶりで東京駅で会うことになった。私とは年の離れた、元サーファー、というよりスポーツ何でも来いのアスリートといった方がいいかもしれない。10年ぐらい前にあるキッカケで知り合って、なんとなく切れずに続いている。5年前の結婚式には頼まれてスピーチをした。頼まれて二次会も出たが、サーファー仲間が主催し本物の男女サーファー達が何十人と集まってファンキーに盛り上がったが、私にはまるで異次元の世界に迷い込んだ感じだった。
  そのA君が会いたいというのであったら、自分の仕事をサイドからサポートして欲しいということだった。別にそれほど大変なことでもなさそうなので快諾し、昼間からビールを飲んで3時間ほど話し合った。彼は気感が強い。本人は気付いていないが、以前手を重ねたらビリビリくる感じだった。案の定その日帰って以来、私の気感は一層強くなっており、内なる聖胎もはっきりと出ている。
 彼が裸になったとき背骨を見ると、通常の人の三倍ぐらいの大きさで盛り上がっており、当時はサーフィンの訓練のせいかと思っていたが、あるいは彼の「気感」の強さ関係があるかもしれない。最近私は「出神」の際、ときどき会って?いたが、それで電話がかかってきたのだろうか。あるいはそれは単なる偶然。いずれにしろ何か「縁」のある人物だと思う。
  最近、修練を通じて感じることは、結局あらゆる「物質」は最終的には「光の粒子」になるということ。実はこれは逆で、「光の粒子」がビッグバンの超高温から冷えていくに従って、固定されさまざまな「物質」の中に閉じ込められてきた。人間も動物も植物も、鉱物も多分そうだろう。そして、その逆を行けば、最後はあらゆる物質は「光の粒子」に帰る。「散じれば光になり、集まれば物体になる」という仙道での見方も、これと同じこと。その意味で「還虚」とは「光の粒子」にかえることに他ならない。
   昨日は、東京・大手町でこれから立ち上がる、ある業界の大きな集まりがあって、大学の研究者、役人、企業の人たちが多く集まった。終わって、この会の評価委員長をされた燃料電池研究者・山梨大学W教授と30分ほどお話をした。「物質化学」で世界的な業績を残されている方で、いままた新しいことに取り組まれていて、成功がすぐそこまで来ているという話だった。それが開発されれば、これからの社会に大きな進歩を生み出す。「先生結局この問題は、物質とは何か?という問題になってきますね?」と生意気なことを申し上げたら「その通り」というお話だった。
by yuugean | 2006-02-25 20:59 | 2006

物質とは?

いまは「三寒四温」ではなく、「一寒一温」ですとテレビのお天気キャスターが言っていた。確かに日替わりで「寒暖」が巡ってくる。4時半に起床し、いつもの通り「儀式」ー「坐忘」ー「天花乱墜」ー「五気朝元」ー「三華聚頂」ー「出神」ー「収神」と約一時間かけてぐるっと「巡る」感じ。細かいテクニックはあるが、それは書いてもあまり意味のない、私独自のもの。リズミカルに進めていくことに今は専念しているようなところ。詳しくは「出神」の前に「天頂開」を入れ、「出神」に際しては下部から蓮台がせり上がってくる。「収神」の細かい手順もある。もっと言えば「五気朝元」「三華聚頂」でもそれぞれ私独自のやり方を行っている。そしsて、全体を通じては、例えば「数息観」のようなリズミカルに物事が進んでいく方法を採っている。更に言えば「出神」したあとの「儀式」、そのあとの「壁観」的所作、あるいは数人の距離の離れた知人を訪ねる所作などいろいろある。そうすると、そのうちの一人から電話がかかってきて、5年ぶりで東京駅で会うことになった。私とは年の離れた、元サーファー、というよりスポーツ何でも来いのアスリートといった方がいいかもしれない。10年ぐらい前にあるキッカケで知り合って、なんとなく切れずに続いている。5年前の結婚式には頼まれてスピーチをした。頼まれて二次会も出たが、サーファー仲間が主催し本物の男女サーファー達が何十人と集まってファンキーに盛り上がったが、私にはまるで異次元の世界に迷い込んだ感じだった。そのA君が会いたいというのであったら、自分の仕事をサイドからサポートして欲しいということだった。別にそれほど大変なことでもなさそうなので快諾し、昼間からビールを飲んで3時間ほど話し合った。彼は気感が強い。本人は気付いていないが、以前手を重ねたらビリビリくる感じだった。案の定その日帰って以来、私の気感は一層強くなっており、内なる聖胎もはっきりと出ている。彼が裸になったとき背骨を見ると、通常の人の三倍ぐらいの大きさで盛り上がっており、当時はサーフィンの訓練のせいかと思っていたが、あるいは彼の「気感」の強さ関係があるかもしれない。最近私は「出神」の際、ときどき会って?いたが、それで電話がかかってきたのだろうか。あるいはそれは単なる偶然。いずれにしろ何か「縁」のある人物だと思う。最近、修練を通じて感じることは、結局あらゆる「物質」は最終的には「光の粒子」になるということ。実はこれは逆で、「光の粒子」がビッグバンの超高温から冷えていくに従って、固定されさまざまな「物質」の中に閉じ込められてきた。人間も動物も植物も、鉱物も多分そうだろう。そして、その逆を行けば、最後はあらゆる物質は「光の粒子」に帰る。「散じれば光になり、集まれば物体になる」という仙道での見方も、これと同じこと。その意味で「還虚」とは「光の粒子」にかえることに他ならない。 昨日は、東京・大手町でこれから立ち上がる、ある業界の大きな集まりがあって、大学の研究者、役人、企業の人たちが多く集まった。終わって、この会の評価委員長をされたW教授と30分ほどお話をした。「物質化学」で世界的な業績を残されている方で、いままた新しいことに取り組まれていて、成功がすぐそこまで来ているという話だった。それが開発されれば、これからの社会に大きな進歩を生み出す。「先生結局この問題は、物質とは何か?という問題になってきますね?」と生意気なことを申し上げたら「その通り」というお話だった。
by yuugean | 2006-02-24 17:12 | 2006

タオとは?

二月も既に半ば。陽気は三月下旬の状況だという。連日空は澄み渡り、春の気配が空一杯に満ちている。たしかに朝夕は冬そのもの、このアンバラスは身体を鍛えよとの天からの宣下かもしれない。この調子だと多分三月十五日には桜が満開ということになるかもしれない。三月早々にも開花宣言が出たりして、、。そうなると困るのは新一年生。桜の花びらを潜って入学する喜びもなくなるし、毎年花見で活躍する業者も番狂わせとなる。いつだったか、「千代田の桜祭り」で千代田区が日付を入れたポスターもパンフレットも刷った後に、桜が10日も早く咲いて大慌ての年があった。靖国神社の桜祭りも例年4月1-2週に予定されているが、これも大狂いとなる。三月中旬には多分小生もこの近くに引っ越すことになるだろう。花のシーズンに毎年行っている桜の名所「千鳥が淵」まで歩いて10分の距離。今日は4時半起床、自分では「面壁九年」の5年目に入っていると考えている。「タオ」への関心がますます深くなる。この時期の「天花乱墜」、「五気朝元」、「三華聚頂」、「天頂開」、「出神」、「収神」という細々とした配慮の要る修練もさることながら、あまり細部にとらわれず、全体像としての「タオ」。そしてそこに同化する道。現時点で私が考える「タオ」というのは、実は「熱から光が出ている」という基本的なシステム。宇宙開闢のとき、「ビッグバン」によって始まった「熱から光が出ている」というシステムは、そのご何百億年を経て、宇宙全体が拡大し「冷えて」もなお、均一に同じシステムの中で動いている。地球が生まれ、生物が生まれ、人間が生まれてきた時間と空間の中で、最も基本的なシステムはこの「熱から光が出ている」というシステム。この「原理」は最初19世紀にドイツの科学者プランクが発見したもの。彼はついに気が狂って死んでしまったが、実はこのシステムこそが「タオ」ではないかと私は考えている。そういう意味では「タオ」と一体化するということは「宇宙の原理」「生物の原理」と一体化することでもある。
by yuugean | 2006-02-14 17:13 | 2006

タオに至る

空は確かに春の空、しかし昼間の風の冷たさは真冬のもの。そんな一日だった。これからは「三寒四温」で行きつ戻りつの日がしばらく続くのだろう。今朝も5時半に起床、昨夜は池袋のパスタ屋でパスタを頼み赤ワインを1本二人であけた。そのせいかどうか、夜就寝前の修練はどうしても短くなってしまう。それと、このごろは「修練」で言えば一種の平原期、高原期に入った感じで、それほど大きな変化はない。むしろ淡々として平板だが、坐忘は深いという印象。「面壁九年」といわれる時期の、最初の三年は少し前に過ぎた。そのあとの、平板な修練の時期にさしかかっているのかもしれない。いや、取りようによっては、「虚」の深度が深まっている、ないしは本当の「虚」に近づいているということかもしれない。それで今朝は5時半に起床。前夜は1時半頃まで起きて坐忘を数回やっていたから、起床が少し晩くなった。いつもの通り「儀式」そして「坐忘」ー「天花乱墜」。「五気朝元」ではまず脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓の順に「気」を「泥丸」にあげ、そのあと腎臓の「気」を督脈を通して天頂に上げる。「向太空」の口訣を行って「五気朝元」。そのあと「三華聚頂」ー「出神」ー「収神」と続く。「出神」後に「法身」はいわば気体となって宇宙へと広がっていく。まず地球大に、そして太陽系にと広がっていくのがわかる。「散ずれば遠く広がる気体、集まれば法身」という感じがはっきりと出てきている。このとき修練者は「タオ」と一体となっている。この段階には「天花乱墜」」、「五気朝元」、「三華聚頂」という、いわば様々なテクニックがあるが、帰するところは「タオとの一体化」であり、それは何者にも代えがたい甘露、法悦。そのために全てのテクニックを準備段階として行い、最終目的の「タオ」にいたる。
by yuugean | 2006-02-09 17:14 | 2006

修練

  時はすでに初春。真っ青に晴れ渡る空の様子を見ていると、今はそんな感じがする。今年は12-1月に大寒波が訪れ、豪雪が各地を襲ったが、2月になるにつれ、はや「三寒四温」の状況が現れてきた。例年だとまだまだ「厳冬」の中だが、気温の低さはあるものの、「空」の明るさはもはや「初春」のもの。5時半に起床し、いつもの通り「儀式」そして「坐忘」ー「天花乱墜」。今朝は「雪」の乱舞というよりは「桜」が自分の天頂めがけて盛んに降り落ちてくる情景。そのなかに身をおいている事は気持ちがいい。そして脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓の順に「気」を「泥丸」に挙げていく。そのあと腎臓の「気」を督脈を通して天頂に上げ、ここで「五気」が揃う。その「五気」の上澄みのようなものを天頂から出すと「太空」に向かって上っていく。これが私の「五気朝元」。それが終わるころ、下丹田に意念をおくと、上昇して「中丹田」と合一し、さらに上昇して「上丹田」と合一する。これが私の「三華聚頂」であり、さらに「泥丸」で「五気」と「三華」が合一し、「一」となる。五(気)-四(「三華」と「気」)ー三(「二華」と「気」)ー二(「一華」と「気」)ー一(合一)の「訣」はこうして成る。
  その後「出神」、例のとおり、さまざまな儀式をおこなって「収神」。最近は「出神」、「収神」も旧に復して、かって手馴れていた方式でおこなっている。季節の変わり間なので、例年のとおり胸腺が突っ張ってくるが、これも漢方薬で克服。一つのパターンが出来上がっている。今年はしばらくやっていない四月の「検診」も受けてみようと考えている。身体や健康の状態がどういう数値を示すか。しばらく四月の「検診」をやらなかったのは、かってレントゲン検診で当時下丹田に作っていた「大薬」が壊れたことから敬遠するようになった。しかし考えてみれば、その後にホンモノの「大薬」が身体の中に生成された。エックス線と「大薬」-「胎」の関係はよく判らないが、今回は一度やってみようと考えている。最近時々思うことは、一年半ほど前に、将来の仕事や一身上のことで考えていたことが四つあった。それが今の所二つは成就し、一つは進行中で、あとひとつはこれから取り組む段階にある。大体のところうまくいっているほうではないかと思う。
by yuugean | 2006-02-08 21:06 | 2006

四つの柱

時はすでに初春。真っ青に晴れ渡る空の様子を見ていると、今はそんな感じがする。今年は12-1月に大寒波が訪れ、豪雪が各地を襲ったが、2月になるにつれ、はや「三寒四温」の状況が現れてきた。例年だとまだまだ「厳冬」の中だが、気温の低さはあるものの、「空」の明るさはもはや「初春」のもの。5時半に起床し、いつもの通り「儀式」そして「坐忘」ー「天花乱墜」。今朝は「雪」の乱舞というよりは「桜」が自分の天頂めがけて盛んに降り落ちてくる情景。そのなかに身をおいている事は気持ちがいい。そして脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓の順に「気」を「泥丸」に挙げていく。そのあと腎臓の「気」を督脈を通して天頂に上げ、ここで「五気」が揃う。その「五気」の上澄みのようなものを天頂から出すと「太空」に向かって上っていく。これが私の「五気朝元」。それが終わるころ、下丹田に意念をおくと、上昇して「中丹田」と合一し、さらに上昇して「上丹田」と合一する。これが私の「三華聚頂」であり、さらに「泥丸」で「五気」と「三華」が合一し、「一」となる。五(気)-四(「三華」と「気」)ー三(「二華」と「気」)ー二(「一華」と「気」)ー一(合一)の「訣」はこうして成る。その後「出神」、例のとおり、さまざまな儀式をおこなって「収神」。最近は「出神」、「収神」も旧に復して、かって手馴れていた方式でおこなっている。季節の変わり間なので、例年のとおり胸腺が突っ張ってくるが、これも漢方薬で克服。一つのパターンが出来上がっている。今年はしばらくやっていない四月の「検診」も受けてみようと考えている。身体や健康の状態がどういう数値を示すか。しばらく四月の「検診」をやらなかったのは、かってレントゲン検診で当時下丹田に作っていた「大薬」が壊れたことから敬遠するようになった。しかし考えてみれば、その後にホンモノの「大薬」が身体の中に生成された。エックス線と「大薬」-「胎」の関係はよく判らないが、今回は一度やってみようと考えている。最近時々思うことは、一年半ほど前に、将来の仕事や一身上のことで考えていたことが四つあった。それが今の所二つは成就し、一つは進行中で、あとひとつはこれから取り組む段階にある。大体のところうまくいっているほうではないかと思う。
by yuugean | 2006-02-04 17:16 | 2006



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