遊化の森

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仙骨変容

  昨日から、北海道に猛烈な低気圧が停滞して、北海道、東北、それになぜか北陸、近畿が時ならぬ冬の嵐に見舞われている。海上の波は10メートルの高さに及び、「大しけ」となっている。なぜか関東は基本的に晴れており、6日は大雨、昨日は少し曇ったが今日は快晴で既に春の感じ。関東でも群馬から先は荒天だが、東京などは好天。岐阜は雪、京都も雪で金閣寺も雪の中に立っている。こういう天候もエルニーニョのせいかどうかはわからないが、やはり尋常ではない。
  修練の方は「坐忘」-「天花乱墜」ー「天頂開」ー「五気朝元」-「三華聚頂」ー「慧光」。そのご「出神」ー「神遊観」-「収神」。昨年から続いている仙骨の痛みは、「五気朝元」の修練をやって、半年ほど前から始まったが、MRIを撮り、その結果を見た、ある医者から某医大の教授を紹介されたが、どうも「仙骨」の手術のような方向に向かいそうなので、教授を訪問するのはやめた。
  私の感じでは、この「骨腫」は良性で、成長期の少年などが鼻骨や頭骨、腕の骨などにできる「骨腫」と同種のものと思っている。ともに「夜間痛」といわれる、夜間に痛むこと、アスピリンがよく効くことなど共通している。最初、仙骨の最下部が痛み、MRIで見るときらきら光る腫瘍状のものが、直腸側に向かって開いている。仙骨の間にそれが割り込んでいるので、痛む。昨年年末にそれが終わり、痛みがなくなったら、今度はその少し上の仙骨が痛むようになった。今回は、そこに自分で「意念」を用い、数回やれば痛みがとれ、身体から悪い部分が取り去られていった。
  その後また二、三日前から、今度はさらにその上の「仙骨」最上部の部分が痛むようになっているが、こういった状況は以前、仙道修行の過程で同様の経験をしていることを思い出した。それは「大薬」産生ののち、それを「下丹田」-「中丹田」-「上丹田」に移胎していった。そのとき各部分が3-4週間順番に、ちょうど「電磁調理器」で「肉」を焼く時と同じで、じりじりと「下丹田」「中丹田」「上丹田」が「変容」していった。「仙道」には、こういった「肉体」の「変容」を伴う「験」が肉体に現れてくる。
  そういった「肉体」の変容によって「金剛不壊」といわれる状態が形作られていくと思っている。そこで、「仙骨」だが、「身体変容」の最後の部分が「仙骨」ではないかと思っている。順番から言えば、内臓ー筋肉ー骨の順で、修練の度合いとともに、身体変容が起こってくると思っている。その意味で、「仙骨」が現在、下部から始まって、上部へと「変容」が起こっていることは確かで、これを押さえ込まないで自然に受け止め、変容が完了するのをひたすら待つことにした。ただ「大薬」による「肉体」の変容も、「仙骨」の変容も、どの修練テキストにも書き込まれていない。しかし、これは現実に肉体に起こってくる「験」であり、修練の進展と大いに関係する現象だと信じている。
 追記 最初の頃の下部仙骨の「痛み」は、骨に別のものが入ってきている緊縮した「痛み」。多分女性の子宮筋腫なども、こうかなという感じ。そして、仙骨中部ー上部に移ってきている「痛み」は、「痛み」というよりは、「仙骨」が「燃えている」感じで、実際体内に熱が発生しているためか、喉がかわき、口の中に何かができて沁みる。夜間の「痛み」も、むしろ「燃えている」感じ。いずれこの現象は終わると思っているが、こうした「炎上」現象で「仙骨」の不浄な部分が焼き払われていく感じがする。
by yuugean | 2007-01-08 21:50 | 2007

面壁9年

  新しい年のはじまり。大晦日の深夜12時を過ぎてから、近所のM神社に初詣。町内会が餅をつき、参詣者に餅と酒を振舞う。12時前に家を出て2-3分で神社についたが、既に50名ほどの行列が出来ており、参詣するまでに30分ほどかかった。帰りにお神酒少々と餅をもらい食べながら帰宅。寝についた。元旦は朝雑煮とおせちで、日本酒を少々。午後1時ごろ神田明神にいったが、ここも人でごった返し、神前までたどり着くのに一苦労。帰りはさすがに疲れたので秋葉原からJRに乗り帰宅。天気のいいおだやかな日で心なしか新年の晴れやかな日。
  修練の方は相変わらず、一日も欠かさず朝4-5時に起きて、毎日一時間。最近は日によっては2時間を越えるときもあるが、それだけ融通無碍な方向に行っている気がする。一切の「こだわり」を離れ、「無為自然」に任せれば、あとは「天」「自然」の動きが「意識」と「身体」にさまざまな作用を表してくるので、それに任せるまま。時間にも何のこだわりもない。「坐忘」-「天花乱墜」で始まり、現在は「天頂開」のための「坐法」を間に挟む。さらに「五気朝元」-「三華聚頂」と進む。「三華聚頂」に於いて「泥丸」に「光」の塊があらわれるが、それは熱のない小さな「太陽」のようにも見え、「陽神」の実態はこれしかない。
  それはやがて、一つのうっすらとした「形」となり、下部に「蓮華坐」が現れて、それに乗るように、ゆっくりと上昇をはじめる。最初の「天頂開」で「天頂」は開いているので、「陽神」はゆっくりと上昇し、ゆっくりと体外に出る。こういった一連の動きは、はっきりと自身に「体感」となって現れるので、イメージによる作業ではないことは明らか。「出神」の後、さらに大きな光の輪のなかで温養。いつもの、ある儀式を経て、「陽神」が光の「粒子」となり無限大に拡散していく。そのなかに身をおき、身を浸していることは、言い知れぬ「至福」の極みで、いつまでもこの「至福感」に浸っておられること。いうならば、そのために一日一日を生きていると言ってもいいくらい。その後体内から「陰神」を出し「陽神」と合体して、一体となった後に「神遊観」に入るが、その内容については言外の秘。全て終わったのち、天頂に全て集め「収神」にはいる。
 今年は私にとっては、「面壁九年」の修練が七年目にはいる。「出神」修練も徐々に一つのパターンが決まり、熟達してきた思いがある。さらに「出神」後の坐忘において、すでに「身体」も周辺の「虚」と一体となって、消えており、「意識」「身体」ともに「虚」に還っている。その延長上に多分「還虚合同」がある。
  もうひとつ、「仙術」的な方向への傾斜が始まっている感じがする。それは、決して自分の力ではなく、自然そのものの力、あるいは「龍」がそのキーワードになるが、これも言外の秘。昨年から続いている仙骨の痛みは、通常は、頭骨、鼻骨あるいは腕などにできる「コブ」状の良性もので、「夜間痛」といって夜に痛む。「五気朝元」の修練をやって、半年ほど前から始まった。自分で「意念」を用い、何度かやれば痛みはとれるので、医者にはかからない。自分では身体から悪い部分が取り去られていき、その最後に残ったのが「仙骨」と思っており、「仙骨」が若返っている「兆候」ではないかと考えているが、同時に「ヒーリング」の手法についての「試練」のひとつで、これを通じて「ヒーリング」手法を習得せよという天の「指示」ではないかと思っている。いずれにせよ、新しい年がこうして始まった。
by yuugean | 2007-01-01 18:57 | 2007



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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