遊化の森

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桜の開花予報が出てから再び寒くなった。空は「春」の気配だが、外気は意外と冷たく明日からはさらに「冬日」が続くという予報。今年の桜開花は早まりそうだから、最初3月末に吉野山と京都の桜を見るべく、予約を入れたが、その後いろいろ調べてみると、吉野の満開は4月上旬、京都は3月下旬だという。そこで、予約を取り直して4月第1週にした。これは吉野を第一目標にしているためで、あわよくば京都の名残の桜も見られるかも?という感じ。それが今日、また気象協会が計算ミスで関東の開花は第1回発表よりも遅れるもようという。関西はあまり変わらないようなので、予定通りに行くことにした。桜が咲けば「スギ花粉症」は消滅する。しかし私はもともと「ヒノキ花粉症」で桜が終わってから5月連休までつらかったが、今年はスギも噛んでいるようで2月ぐらいから花粉症気味だ。昨年来「仙骨痛」に悩まされてきたが、これはその後の状況研究で改善されて、ほとんど収まっている。今から考えれば、あれは「五気朝元」行を正しくやらなかったからだということがはっきりした。「五気朝元」は、脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓ー腎臓を「意識」で経巡って、この「気」を督脈を通して天頂から虚空に出す行。このルートで督脈に流すときに、「仙骨」下部を横切って督脈に出していた。そのため「五気」の残留部分が仙骨下部に残り、それが「行き場」を求めて、直腸方向に向かってせり出してきて、「瘤」状の突起物を肛門上部に作り出していた。そのことに気づいて、まず「瘤」状の突起物の中身を仙骨側に「意念」で尾ろー督脈に導き出した。そうすると、あれほで困っていた「仙骨痛」は殆どなくなった。その次に「五気」を導くとき、腎臓から肛門に出し、尾ろから督脈にはいる経路に変えた。それでほとんど「仙骨」そのものの痛みは消えた。しかし、こんどは「肛門」の中に「気」が残留するのか、あるいは夜のうちに気が溜まるのか、「肛門」の中で「気」が停留することによる「痛み」を感じるようになった。勿論、よく注意して完全に「督脈」-「天頂」ルートを通り「五気」を出し切ることに専念している。しかし多少は残るのか、あるいは夜間のうちに溜まるのか。朝起きると少し「痛む」。逆に言えば「五気朝元」はかなりデリケートな運用が求められるということと、体内の「気」が強くなってパワーとエネルギーを持っているということ。それが体の現象となって出てくるということ。そのためしばらく「五気朝元」の修練は休みにして、あるいは週1回ぐらいにして、「坐忘」-「天花乱墜」ー「天頂開」-「三華聚頂」ー「慧光」ー「出神」ー「神遊観」-「収神」と修練に切り替える積もりだ。「神遊観」では前の公園で「分身」化を試み、いまは4体となって、それぞれ別のルートを回遊する。そして「収神」の前に4体ー2体ー1体となって収神。しかしこれはオカルトといえなくもないので、あくまで自分の領域に留める。「出神」-「収神」は私にとっての明らかな現実なので、それを積み重ねていくのみで将来のことはわからないし、あまり関心はない。呼吸と同じ、睡眠と同じで、生命が終わるまで続けるのみ、判断は後世にまかせるしかない。それより現在の関心事は、自分にとってもっとも根源なるものへのアプローチと実行。それは中高生や大学生の時代からずっと私の最も源泉的な場所でふつふつと滾ってきたもの。「いつかは」という思いがつねにあった。しかし仕事をし結婚をし、子供を育てるなかで忘れることが必要だった分野。いまそれへの傾斜が急激な波のように押しかけている。今年いっぱいはその分野への「賭け」が私のテーマとなる。それを自分の中心にすえれば、食うための仕事もそれなりに整備され、与えられてくる感じもある。
by yuugean | 2007-03-14 18:18 | 2007



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