遊化の森

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ふしぎの源

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 5月の最後の日。朝から細かい雨がとめどなく地上に降り注いでいる。六本木ヒルズやミッドタウン、汐留のビル群、それから丸の内の高層ビルも今日は雨に曇って形が見えない。一面の灰色の空間が広がっている。
 そういえば、一昨日の夜8時ごろ、これらのビル群の上を、未確認飛行物体がふわりふわりと飛んで10分ぐらいで視界から消えた。飛行機にしては大きく2-3倍ぐらいあるし、円形もしくは楕円形に見え、中央に土星の輪のような明るいリングを持っている。それが丸の内上空ー汐留上空ー六本木上空をゆっくりと旋回していた。ヘリコプターが数機追いかけている感じだったが、その後その種のニュースはなく、ひょっとしたら飛行船だったかもしれない。
 未確認飛行物体といえば、世の「不思議」を研究している超心理学会の例会が24日、近くの大学であったので参加した。大学の研究室で行われた例会には、20名ほどが参加。興味があったのは「体外離脱」について会員が体験を発表されるからだったが、その体験は必ずしも体外離脱的というよりは明晰夢的な体験ではなかったかと思う。渓流釣りに行った信州の山村で不思議なことを体験された会員の話が中心だったが、その地になにか因縁があるのかもしれない。人はそれぞれ不思議体験をすることがあるが、それをこのような「学会的」な場で公開し話せるというのは有難い。
 修練は少し様子を変えながら相変わらず毎日続けている。様子が変ってきたのはひとつは「出神」前の内気功の修練と、もう一つは「出神」後の「定」の修練。「出神」前の内気功の修練ではイメージ修練による仏教系の内気功をいくつか取り入れた。「出神」後の「定」の修練では、これまでの「神遊観」の修練は少し休止。これは陽神となった意識が、前の公園に行ったり、近所の神社に詣でたり、あるいは「龍」?に乗って関西の霊地を二つほど巡るもので、これまで毎朝繰返してきた。オカルトといえばオカルト。しかしそれは自然の成行きでそうなったものだった。
  しかし、これはいくら「時空」を超えると言っても、やたら時間がかかり午前中がそれに取られてしまうこともあるので、他の修練ができない。それでこれはしばらく中止して、「遥拝」方式に切り替えた。かわって「出神」後の「定」の修練の時間を増やし、そうすることで、内気功の効果と相俟って、このところ坐忘の深度がさらに深まってきたと思う。
 例の私の身体の中の問題児「脊索腫」については、薬剤治療を始めて3週間になるが、徐々に反応が局所てきになってきて、トリガー細胞が「脊索腫」を攻撃する場面も、峠を越えたように思う。これは一生付き合っていく種類の状況で、安心は出来ないが、いまのところ成長を止め、その後で「消える」という方向に行っているのではないだろうか?
 私にとって始めての大変な災難だが、比較的早くに薬剤投与に気がついて幸せだった。この「脊索腫」に関する情報は恐ろしく少ない。世界で年間300例、腫瘍系の1%ぐらいの存在。その中でアメリカの整形外科医が書いている資料を見つけたが、それによると、時には「肺」まで入り込む場合もあるという。ゼラチン状で、柔らかい組織にどこでも入り込み、痺れや弱い痛みぐらいしか、あまり明確な症状がないので、患者は気付きにくい。その点、臀部周辺で気付いて「薬剤」が見つかったのは幸いだった。あとはこの薬剤が健闘してくれるのを祈るのみだ。
by yuugean | 2008-05-31 07:36 | 2008

ベランダの山野草

d0098440_103953.jpg昨夜から激しい雨が降り注いでいる。太平洋上を台風が通過中で、それに伴った雨が関東地方に降っている。久しぶりの大量の雨で、室内の盆栽の松を二基ベランダに出したり、山野草の鉢をよく雨の降りかかる場所に移動させたり、ベランダは緑一面になった。横殴りの雨は十二階のベランダにも降り入ってきて、久しぶりの雨に喜んでいる風情。
  今年の5-6月はシラン、姫シャガなどの株分けをやらなければと思ってきた。黒竹も新しい竹が6本生えてきたので、6月の梅雨の時期には株分けをやらないと思っている。まず5月にはシランと羊歯の株分けをやり、四万十川の苔を使って苔玉をいくつか作った。私が最も好きな山野草は「コダヌキラン」。いかにも野草らしいが、メジャーではない。三年前にいいコダヌキランをタキイの苔玉教室でみつけ、それいらい好きになった。そのコダヌキランは今年で三代目になるが、初代のようなのびのびとした葉勢ではなくなった。その後買い足してコダヌキランは五株に増えたが、初代のような自由で伸び伸びと、大きく雄渾な感じのものを入手できなくなった。それで三代目は、苔玉をやめて初代と同じ鉢植えに変えたが、あの葉勢が戻るかどうか。
 そのほかススキ系がハチジョウ、虎の尾、屋久島など5種類、羊歯系が4種類、山アジサイ3種類、山ぼたん、キスゲ、オダマキなどのメジャー山野草もある。シランは白、ピンク、紅と3種類、アヤメ系もいくつかあるが、二年目で花をつけるのは難しい。考えてみれば、私は花系の山野草よりも、葉ののびのびした山野草のほうが好きだ。室内にも葉で見せるトックリランなど観葉植物を育てている。樹木系は松の盆栽三基、梅1鉢、ケヤキ1鉢。もともとケヤキが好きで何鉢か育てたが、夏冬を越せなくて残っているのは1鉢になった。ベランダの最前列は例年のとおり、ゴーヤと朝顔、風船かづらがずらっと並んでいて、夏になればベランダに張ったネットに這って涼しさを呼ぶ棚になる。
  私にとって最大関心事の「脊索腫」の行方は、薬剤を使うようになって1週間たつが、脊索腫の伸びていた周辺地帯の「痛み」(脊索の抵抗)は1段落して、日曜日からは「本丸」の「仙骨」へと移っている。「本丸」攻めで、脊索も必死の抵抗を試みており、場合によれば今週一杯はこの状況が続くかもしれない。何しろ脊索側からすれば4年近くの時間をかけてヒトの軟組織の中に蔓延してきた勢力圏だから、そう簡単に手放すとも思えない。それにしても薬剤を使って、その反応を見れば、脊索がこちらの気付かぬうちに、骨盤周辺の軟組織にいかに広く蔓延していたかがわかる。
  これではどれほどの「名手」を以ってしても手術で取りきれることは難しいだろう。想像以上に軟組織に広がり入り込んでいる感じがする。取りきれたとしても、結果的にそれは人間本来の五体満足な形では無理な気がする。その意味で2年半前に直感で「手術」への道筋を忌避したことは正しかった。
  しかしこの2年半の間、脊索はしこしことヒトの肉体の中に陣地を広げてきた。それほどのダメージも感じられなかったので、坐骨神経痛的な手当てしかしてこなかったが、やはりそれも限度に近づいていた。「手術」以外の道は確かに炭素線による放射線療法はあるが、300万円近くかかるし、私の場合は範囲が広がっていすぎる様に見える。そこで「薬剤」を探し漢方系の中にヒトのトリガー細胞を活性化し腫瘍をやっつける製剤を見出したのだった。
  この処方が現在の脊索を完全にやっつけるかどうか、それは少なくとも半年ぐらいの時間をかけてみないと言うことは出来ないだろう。私にとってはこれはひとつの「試練」であると思っている。仙道修練を始めて20数年、これまで様々な「試練」があった。個人的生活や社会的生活において、ヒトの遭遇する大きな「試練」は様々に経験してきた。そのとき、私はいつもこれは「試し」であると思っていた。この人間が本当に仙道修練をやる気でいるのかどうかを「天」が試している。そう思わなければ乗り越えられない試練もいくつかあった。そんなときいつも戻るところは「仙道」であり、それを積み重ねてくることで、何事があっても決してぶれない、現在の心境・境涯を手にすることが出来たと思っている。
 これまでの数々の試練は、しかし多くは個人的生活や社会的生活に関するものだった。幸いにして自分の「肉体」に関するものはなかった。その肉体に関する、「最後の試練」が今回の事態ではないか。そして自分の叡智と判断でそれを超越できるかどうか、いまそれを「試されて」いる気がする。考えてみれば、一緒に仕事と遊びをやってきた、後輩のH君やM君もいまは癌があちこち転移して闘病生活を送っている。同級生の多くも大病を経験しているモノが多い。そういう周囲を見れば、これは私への天の最後?の「試練」という気がするのだ。
by yuugean | 2008-05-20 10:01 | 2008

わが友A君

仙骨の「脊索腫」を疑われる難性の腫瘍に対して、「薬剤」を対処してから1週間になる。この間確かに反応していると思われる証左がある。最初のころは、直腸の周囲が反応し痛くなった。「薬剤」の働きかけに対して腫が必死の抵抗をしている感じだった。
 それが1日ぐらいでおわると、臀部の軟組織がおなじような状況となり、それが終わると次は会陰部分が同様の状況を呈してきた。この「薬剤」は腫瘍に対して、トリガー細胞を活性化して攻撃し、成長を止め停止させる。そして収束へと向わせる。
 「脊索腫」のような、得体の知れないエイリアン細胞に対しては、やはり「手術」では駄目。決して取りきれないし、それよりも身体のほうのダメージが何よりも大きい。多分医者もそれはわかっている。しかし滅多に出会わない症例なので、是非手術してみたいという心理が働くのではないか。その結果を学会で発表できる。
 手術が患者にとって最適の選択かどうかよりも、学会発表の材料を得た思いで功名心にはやるところがないだろうか。二年半前に私が感じ、その手術を忌避したのはそういう思いからだった。そんな実験材料となったら患者はたまらない。この手術であちこち切られて、人工肛門や車椅子生活になっている人はかなり多いのではないか。K大医学部などは「仙骨全摘」の手法を誇っているが、果たしてそれらの患者の予後はどうだったのだろうか。
  この難物の「脊索腫」。薬剤によって消滅する可能性もあるように思う。消滅は無理としても、進行を止め、小さくして働かないようにすることができる気がする。「炭素線放射」も有効だと思われるが、大きくなると無理なようだし、何よりも300万円近い金がかかる先進高額医療だ。その前に腫瘍をやっつける薬剤がないかどうか、もう一度探してみるのが正当な道のような気がする。
  薬剤を利用して1週間、昨夜からついに「本丸」の「仙骨」を攻撃しているのがわかる。最初は周辺部から攻撃し、最後に本丸を攻めるというのは古来からの戦法。果たしそれが嘉となるかどうか。私はうまくいきそうな気がしている。最初からそれまで苦しんできた「夜間痛」が消えてしまったし、攻撃の終わった部位が再びぶり返すこともない。ただ油断は出来ないので、今後折り合いをつけて生きる積りで、ずっとウォッチしながら1年、2年、10年と注意深く生きなければならないだろう。
 最近若い友人のA君から電話があって神田で会った。10年ぐらいの付き合いになるが、小生には何でも話せるらしく、酒を飲んでいろいろなことを話した。彼は若い頃は、本当にプロのサーファーを目指していた、運動能力の高いアスリート系若者だった。常に周辺に女性がいるが、彼自身の中に何かストイックなところがあって、結局は上手くいっていない。前の女性も知っているし、5年ほど前の結婚式には参列した。
  飲んでいてつらいことを思い出したのか私の前で何回か泣いた。仕事の問題があるのかも知れないが、オカに上った河童のように世事に折り合いをつけて生きていくことがきっと苦手なのだろう。
 しかし会ったあと、いつも清々しい気分になる。そんな雰囲気を持っている。これまでもずっと続いてきたのは何か縁があるからと思っているが、この縁は「絆」みたいになって、切れそうもない。
 
by yuugean | 2008-05-13 10:05 | 2008

三崎神社夏祭り

d0098440_1122956.jpg 仕事に関しては3月、4月は大阪のクライアントのところで打ち合わせをすることが多かった。最初の計画とは結局変ってしまったが、それでも現在も続いており、これはこれでいいかなと思っている。
5月の連休には、近所の三崎神社のご祭礼があり、神輿が出て9町内を練り歩いて、一日にぎやかだった。この夏祭りは、浅草のような大掛かりなものではないが、その分外部の○暴関係が入り込んでくることもない。地元の神保町・三崎町の9町内で担いでおり、地元の祭りという色彩が強い。神田祭のように「天下」を意識した祭りでもなく、1日中町内のどこかから太鼓の音が聞こえてくる。
もうひとつ、4月に突然降って湧いたような話があって、地熱発電や風力発電など公共的なプロジェクトに加わることになりそうな話が続いている。現在その手続きがいろいろ進められており、6月、7月にはその全体像が見えてくると思われる。
 いいことばかりではない、昨年来続いていた「仙骨痛」。その実態が次第にはっきりとしてきた。最初町の医者が言ったように「仙骨腫瘍」の疑いがはっきりしてきた。仙骨に出来る腫瘍は二つあり、ひとつは「脊索腫」、もうひとつは「巨細胞腫」。いずれも極めて症例の少ないものなので対処方法もはっきりしていない。小生の場合はどうも「脊索腫」。これは仙骨下部から発生することの多い悪性腫瘍。「脊索腫」はナマコやホヤのような脊索動物が持っている細胞が糸状や網状になって体内のほかの部分に増殖していく腫瘍。いわば人間の身体の中で突然目覚めた古生代の「雑草」のようなものではないか。速度はゆっくりしているが、あまり明確な症状となって現れないため、判明した時にはかなり進んでいる場合が多い。
  もともと仙道修行のなかで「五気朝元」の修練をやる時、「仙骨」を刺激していたことが原因ではないかと小生は疑っている。それが「仙骨」の中に眠っていた、脊索動物時代の旧細胞を目覚めさせたのではないか。何かエイリアンのような話だが、最初からそんな気がしていて、しばらく「五気朝元」はやらないでいた。
小生の場合も長くほとんど無症状で坐骨神経痛と思っていたが、その間に臀部や直腸周辺に侵入していたのだ。2年半ぐらい前に肛門に異常を感じ町の医者にかかって「仙骨腫瘍」を言われた。大学病院の教授宛に紹介状を書いてくれたが、ある医者は「聞いただけでも、眼も耳も覆いたくなるような手術だ」と書いているが、小生も「仙骨全摘」などと脅かされたため、結局行かなかった。
あれから2年半、最近どうも仙骨の痛みが長引くので別の大学病院に行き、その方向が示された。非常に稀な症例だが、現在は「手術」が主流のようだ。しかしいろいろ調べてみると、手術が困難なケースが多く、手術してもその後1年間入院して挙句の果ては、松葉杖のようになったり、人工肛門をつけなければならなくなったりするという。この「脊索腫」そのものは進行もゆっくりだし、それほど悪さをするわけではない。しかし糸状や網状となって、臀部の柔らかい筋肉や骨に絡まり入り込んでいく。
 だからこれを全部取るとなると大変な手術が必要。まして「仙骨」周辺は神経の密集しているところで、それを綺麗にすることは難しいし障害も出かねない。残すことも多いので再発率も高い。だから「悪性腫瘍」に分類されているのだと思う。
 いまのところ、最もふさわしい治療法は「粒子線治療」のようだ。炭素線や陽子線といった放射線を患部に当てて死滅させる方法だが、先進型治療で200-300万円もかかる。。「雑草」はそのままだとはびこるのでまず「薬剤」で処理するのがいちばんいい方法と思う。
 それでいろいろ考えた末にとにかく「手術」はやらないことに決め、最後は粒子線治療を受けるとして、それまで薬剤で「腫瘍」の働きを抑え、縮小させていくことを狙っていく。幸いよさそうな薬剤がみつかり、試したらすぐに、これまで悩まされた「夜間痛」がなくなった。まだ始めて間がないため、その結果については判らないがこれまで紆余曲折していたことが愚かな事に見えてくる。早くからこの結論に到着していれば悩むことはなかったのだ。
 ただしモノは考えようで、紆余曲折を繰返した結果、某中国人老師にも会い、縁ができて仙道のもう一つの局面である「仙術」的考えについていくばくか教えられることにもなった。わが修練については従来どおりだが、徐々に神解自在?の境地も開いてきた感じもある。
by yuugean | 2008-05-06 10:12 | 2008



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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