遊化の森

いいかな

 秋らしい気候になってきた。それにしても、今年は日本列島を直撃する「台風」が異常に少ないと思う。災害的には喜ぶべきことだが、やはり「異常気象」。そのせいでルートが変わり、その分、アメリカ(ハリケーン)、中国(台風)、北朝鮮(台風)などを急襲する猛低気圧が多くなっている気がする。これはひょっとして、「天」がCO2削減に非協力的な国や地域をめがけて大風を送っているのでは?と思えるくらいだ。
  それはともかく、今月の18日か、17日か、この日記に通常のとおり書き込もうとして、ある場所までいくと、書いていた画面が消えてしまった。朝の忙しい時だったので、もう一度事務所のパソコンから、「日記」にアクセスして書き込みはじめ、また同じ所まできたら、画面が飛んで書き込めない。そればかりか、その瞬間パソコンがフリーズし、いくら手段を尽くしても中に入れない。仕事で使っているパソコンなので、次の週までには直っていないと大変なことになる。
  と思って2日ほどあらゆる手を尽くしたがだめ。家のパソコンもやはり「日記」に書き込めず、こんどはどうしても「平仮名変換」できずローマ字しか打ち込めない。「変換」キーのせいではなく原因不明。そのとき何か閃いて、下記「銀うろこの龍」と「滝の社」の記事を、「掲示板」からコピーして、貼り付ける(打ち込めないから)と、何と書こうとしていた別の記事が書けるようになり、次の日事務所のパソコンも少しずつ中に入れるようになり、ソフトを2,3抜いたら完全に復帰した。まるで「銀うろこの龍」と「滝の社」の二本の記事を入れなければ新しく記入できないみたいな感じになった。
  これは多分何かの偶然だろう。あるいはケアレスミスかもしれないが、しかしそれにしても「変なこと」のよく起こる夏が終わった。ところで肝心の「修練」。さらに「出神」の回数を増やすことをやっており、あまり考えなくても「出る」。ただしゆっくりと。それとともに「還虚」、つまり「虚に還す」、あるいは「虚にお返しする」という感じがつよくなった。その状況のまま、30分ぐらいは、ただ「無為自然」のうちに過ごす。これこそ「還虚」。いいかな!仙道。
# by yuugean | 2006-09-30 07:38 | 2006

夏終わる

秋らしい気候になってきた。それにしても、今年は日本列島を直撃する「台風」が異常に少ないと思う。災害的には喜ぶべきことだが、やはり「異常気象」。そのせいでルートが変わり、その分、アメリカ(ハリケーン)、中国(台風)、北朝鮮(台風)などを急襲する猛低気圧が多くなっている気がする。これはひょっとして、「天」がCO2削減に非協力的な国や地域をめがけて大風を送っているのでは?と思えるくらいだ。それはともかく、今月の18日か、17日か、この日記に通常のとおり書き込もうとして、ある場所までいくと、書いていた画面が消えてしまった。朝の忙しい時だったので、もう一度事務所のパソコンから、「日記」にアクセスして書き込みはじめ、また同じ所まできたら、画面が飛んで書き込めない。そればかりか、その瞬間パソコンがフリーズし、いくら手段を尽くしても中に入れない。仕事で使っているパソコンなので、次の週までには直っていないと大変なことになる。と思って2日ほどあらゆる手を尽くしたがだめ。家のパソコンもやはり「日記」に書き込めず、こんどはどうしても「平仮名変換」できずローマ字しか打ち込めない。「変換」キーのせいではなく原因不明。そのとき何か閃いて、下記「銀うろこの龍」と「滝の社」の記事を、「掲示板」からコピーして、貼り付ける(打ち込めないから)と、何と書こうとしていた別の記事が書けるようになり、次の日事務所のパソコンも少しずつ中に入れるようになり、ソフトを2,3抜いたら完全に復帰した。まるで「銀うろこの龍」と「滝の社」の二本の記事を入れなければ新しく記入できないみたいな感じになった。これは多分何かの偶然だろう。あるいはケアレスミスかもしれないが、しかしそれにしても「変なこと」のよく起こる夏が終わった。ところで肝心の「修練」。さらに「出神」の回数を増やすことをやっており、あまり考えなくても「出る」。ただしゆっくりと。それとともに「還虚」、つまり「虚に還す」、あるいは「虚にお返しする」という感じがつよくなった。その状況のまま、30分ぐらいは、ただ「無為自然」のうちに過ごす。これこそ「還虚」。いいかな!仙道。
# by yuugean | 2006-09-24 17:55 | 2006

 土曜・日曜と今日、秋の三連休。土曜日には、「タオ内丹」ワークショップを神田でやった。2時間余、若い人たちが何とか、この修法を覚えてくれ、次代に繋いでくれればと思う。日曜は、のんべんだらりと過ごす。別に予定もなかったので、今度講習を受ける某大学の「書道」一字書用の筆・墨などを購入。書道については、長年にわたり関心があったが、心がそこに落ち着くには時間がかかった。水墨画も始めてみたい。以前少しm奉山という、海外に知られた先生に習ったことがあったが、その時の道具などは、その後新橋の飲み屋のママが店を閉じる時に差し上げてしまった。
 随分昔の話。書は最初習ったのが中学の時で、その時の先生はのちに某寺の長老になられて、「茶掛け」(茶室用掛け軸)では日本有数といわれた書の名手・S先生。当時は子供ながら、富岡鉄斎が好きで、先生とそんな話をした記憶がある。もう故人になられたが、仕事上でも某大手商社の社長への紹介状を書いて頂き、レギュラーの仕事が取れるなど随分お世話になった。心からご冥福をお祈りする気持ち。
 ほんとうはこういう世界が好きだが自作となると修練が余りにも不足している。さて「内丹法」の修練はやはり「出神」「収神」を一日3回ぐらいやる毎日が続いている。この分野で「達磨の法」というのがある。それには、この時期(初「出神」より3年を経た)には1日7回行うという記述がある。やりながら、それを思い出したが、考えてみると、達磨大師は「修練」のプロ、1日中修練三昧になれるが、いまだ「俗」の中にある我が身には7回はきつい。
  「天頂開」をやり、これによって「陽神」を出す方法をやっていると、以前のように簡単には取組めないのも事実。そんな言い訳をしながら、自分の師から「67歳まで動くな」と言われていた達磨大師が、やっと中国に来たのは70歳を過ぎてから。嵩山に入って打坐していたのは80歳近い頃と思うと、その伝道の情熱の大きさ、広さが伝わってくる。達磨大師がどんな修練をしていたかは、明らかではないが、壁観は多分、「出神」後に行う修法ではなかったか。そういう「法」は果たして「禅宗」に伝わったかというと疑問。もっとも現在日本につたわる「禅宗」は達磨より7代ぐらい以降の「中国化」された禅宗で、達磨本来のものは「少林内功」のような形のなかに残っていそうな気がするが、明確ではない。高齢になってから中国へ来た達磨の日常を思うとき、時空を超えて伝わってくるものがあるような気がする。
  「天頂開」をやり「出神」をやり、「壁観」で宇宙へ、タオへと意識を拡大している達磨、時空を経てそれは伝わり、続けろ、くじけるなという叱咤の声がどこからか聞こえてくる感じもする。日ごろ、「俗」にあって、仕事という雑事に追われる身には、三連休という、ゆったりとした時間は大変ありがたく、思うさま修練に時間を掛けることができるし、思惟の飛躍に時を忘れることが出来る。
# by yuugean | 2006-09-18 21:35 | 2006

ワークショップ

土曜・日曜と今日、秋の三連休。土曜日には、「タオ内丹」ワークショップを神田でやった。2時間余、若い人たちが何とか、この修法を覚えてくれ、次代に繋いでくれればと思う。日曜は、のんべんだらりと過ごす。別に予定もなかったので、今度講習を受ける某大学の「書道」一字書用の筆・墨などを購入。書道については、長年にわたり関心があったが、心がそこに落ち着くには時間がかかった。水墨画も始めてみたい。以前少しm奉山という、海外に知られた先生に習ったことがあったが、その時の道具などは、その後新橋の飲み屋のママが店を閉じる時に差し上げてしまった。随分昔の話。書は最初習ったのが中学の時で、その時の先生はのちに某寺の長老になられて、「茶掛け」(茶室用掛け軸)では日本有数といわれた書の名手・S先生。当時は子供ながら、富岡鉄斎が好きで、先生とそんな話をした記憶がある。もう故人になられたが、仕事上でも某大手商社の社長への紹介状を書いて頂き、レギュラーの仕事が取れるなど随分お世話になった。心からご冥福をお祈りする気持ち。ほんとうはこういう世界が好きだが自作となると修練が余りにも不足している。さて「内丹法」の修練はやはり「出神」「収神」を一日3回ぐらいやる毎日が続いている。この分野で「達磨の法」というのがある。それには、この時期(初「出神」より3年を経た)には1日7回行うという記述がある。やりながら、それを思い出したが、考えてみると、達磨大師は「修練」のプロ、1日中修練三昧になれるが、いまだ「俗」の中にある我が身には7回はきつい。「天頂開」をやり、これによって「陽神」を出す方法をやっていると、以前のように簡単には取組めないのも事実。そんな言い訳をしながら、自分の師から「67歳まで動くな」と言われていた達磨大師が、やっと中国に来たのは70歳を過ぎてから。嵩山に入って打坐していたのは80歳近い頃と思うと、その伝道の情熱の大きさ、広さが伝わってくる。達磨大師がどんな修練をしていたかは、明らかではないが、壁観は多分、「出神」後に行う修法ではなかったか。そういう「法」は果たして「禅宗」に伝わったかというと疑問。もっとも現在日本につたわる「禅宗」は達磨より7代ぐらい以降の「中国化」された禅宗で、達磨本来のものは「少林内功」のような形のなかに残っていそうな気がするが、明確ではない。高齢になってから中国へ来た達磨の日常を思うとき、時空を超えて伝わってくるものがあるような気がする。
「天頂開」をやり「出神」をやり、「壁観」で宇宙へ、タオへと意識を拡大している達磨、時空を経てそれは伝わり、続けろ、くじけるなという叱咤の声がどこからか聞こえてくる感じもする。日ごろ、「俗」にあって、仕事という雑事に追われる身には、三連休という、ゆったりとした時間は大変ありがたく、思うさま修練に時間を掛けることができるし、思惟の飛躍に時を忘れることが出来る。
# by yuugean | 2006-09-18 17:57 | 2006

黄身と白身

  9月に入って、既に半ば。ここ2,3日秋雨前線が日本列島の上に停滞し、しっとりとした小雨が連日降っている。窓から見える街の風景も、ビルの多くは雨の中にもやっていて、うすく全体が雨に煙っている。この時雨の数日を通じて日本の気候は秋へ秋へと移っていき、やがて紅葉の季節となる。コーヒーもアイスコーヒーからホットへと変っていく変わり目のような季節。4時「起床」。
  シャワーを浴び、コーヒーを沸かして、いつもの朝の儀式。ただ座して、何の束縛もなく、自由に気持ちを遊ばせ、無為自然。「坐忘」を深めていく。そして「天花乱墜」ー「頂門開」ー「五気朝元」ー「三華聚頂」ー「出神」ー「神遊観」-「壁観」-「収神」と修練は続く。「頂門開」は頭上の「仏」から「筒」が体内深く降りてきて、その中を「光の玉」が上下する。5回ぐらい修練すれば「頂門」の開くイメージが出てくる。「五気朝元」は脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓ー腎臓の五臓を経巡って、「気」を督脈から天頂にあげ、開いた「頂門」から太空に立ち上って行く。太空の「五行神」のもとに帰す。このときも大切なのは決して「意」を使わず、「五気」の玉が独りでに登るのを待つこと。「三華聚頂」は、「下丹田」から真気が上丹田に立ち上るが、額にぶつけるのがコツ。中丹田はそのまま上がって上丹田の中に入り、下丹田と三者一体となり、「三華聚頂」。
  この三つが混交すると、「慧光」が出てきて脳全体に立ち上る。これはいわゆる「後光」と解釈したらうまくいった。それが終わると、一種の「圧力体」が脳内に現れるが、これが「陽神」。それにしばし意識をかける。「法身」の姿が見え始め下から、「蓮華座」がせり上がる。この法身を乗せて、独りでにゆっくり上り始める。「頂門」は開き、「法身」はゆっくりと体外にでることは自分の意識の中ではっきりとわかる。ある種の圧力体が通り過ぎていく感覚が感じ取れる。「陰神」を同時に出す。「陰神」は、、肉体全体を覆う「意識体」。「陽神」と一緒に出す。「陽神」は「頂門開」でしか出ないが、「陰神」は難なく透過して体外にでる。
  思うに「陽神」は卵の「黄身」であり、「陰神」は白身、双方別々に存在しながら一体となっている。「陰神」だけ別に出すこともできるが、こればかりあまりやると、何か調子が変になるので、一体となって出すことにした。おそらく「幽体離脱」は「白身」に部分だけを出しているのではないか。内丹法のように「黄身」を作っていないから「白身」しかも就寝時にしか出ないのではにだろうか。「出神」も「収神」も大切なのは、決して「意」を用いないこと、無為自然にまかせ「陽神」が独りでに出るにまかせ、入るに任せる。
# by yuugean | 2006-09-13 21:38 | 2006

煉神還虚

9月に入って、既に半ば。ここ2,3日秋雨前線が日本列島の上に停滞し、しっとりとした小雨が連日降っている。窓から見える街の風景も、ビルの多くは雨の中にもやっていて、うすく全体が雨に煙っている。この時雨の数日を通じて日本の気候は秋へ秋へと移っていき、やがて紅葉の季節となる。コーヒーもアイスコーヒーからホットへと変っていく変わり目のような季節。4時「起床」。シャワーを浴び、コーヒーを沸かして、いつもの朝の儀式。ただ座して、何の束縛もなく、自由に気持ちを遊ばせ、無為自然。「坐忘」を深めていく。そして「天花乱墜」ー「頂門開」ー「五気朝元」ー「三華聚頂」ー「出神」ー「神遊観」-「壁観」-「収神」と修練は続く。「頂門開」は頭上の「仏」から「筒」が体内深く降りてきて、その中を「光の玉」が上下する。5回ぐらい修練すれば「頂門」の開くイメージが出てくる。「五気朝元」は脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓ー腎臓の五臓を経巡って、「気」を督脈から天頂にあげ、開いた「頂門」から太空に立ち上って行く。太空の「五行神」のもとに帰す。このときも大切なのは決して「意」を使わず、「五気」の玉が独りでに登るのを待つこと。「三華聚頂」は、「下丹田」から真気が上丹田に立ち上るが、額にぶつけるのがコツ。中丹田はそのまま上がって上丹田の中に入り、下丹田と三者一体となり、「三華聚頂」。この三つが混交すると、「慧光」が出てきて脳全体に立ち上る。これはいわゆる「後光」と解釈したらうまくいった。それが終わると、一種の「圧力体」が脳内に現れるが、これが「陽神」。それにしばし意識をかける。「法身」の姿が見え始め下から、「蓮華座」がせり上がる。この法身を乗せて、独りでにゆっくり上り始める。「頂門」は開き、「法身」はゆっくりと体外にでることは自分の意識の中ではっきりとわかる。ある種の圧力体が通り過ぎていく感覚が感じ取れる。「陰神」を同時に出す。「陰神」は、、肉体全体を覆う「意識体」。「陽神」と一緒に出す。「陽神」は「頂門開」でしか出ないが、「陰神」は難なく透過して体外にでる。思うに「陽神」は卵の「黄身」であり、「陰神」は白身、双方別々に存在しながら一体となっている。「陰神」だけ別に出すこともできるが、こればかりあまりやると、何か調子が変になるので、一体となって出すことにした。おそらく「幽体離脱」は「白身」に部分だけを出しているのではないか。内丹法のように「黄身」を作っていないから「白身」しかも就寝時にしか出ないのではにだろうか。「出神」も「収神」も大切なのは、決して「意」を用いないこと、無為自然にまかせ「陽神」が独りでに出るにまかせ、入るに任せる。
# by yuugean | 2006-09-13 17:58 | 2006

銀うろこーオカルトの日

  昨夜また「オカルト」に遭遇。昨夜2時頃、ドスンと大きな音がして、目を覚ますと、私の部屋に掛けていた80㌢×70㌢ぐらいの額が私の寝ている枕元のサイドボードの前に落ちた。深夜だし、何かの拍子で落ちたのだと思ってそのままにし寝た。朝起きてよく調べてみると120㌢×90㌢のサイドボードの右側、私の枕の横に落ちていた。このサイドボードの上には50㌢ぐらいの高さの観葉植物(左)と苔玉(右)が二鉢左右に分かれて飾ってあり、左側の後ろに小さな、私の写真を入れたフォトフレームが三つある。フォトフレームはみんな倒れ、一つは額そのものが壊れていた。相当の衝撃だと思う。ただその前の観葉植物は葉が少し横になっていただけで無傷。つまり、フォートフレームを壊し、その前の観葉植物を飛び越え、サイドボードの右側に落ちるようなことは、画額がひとりで飛び跳ねて、その位置に落ちない限り、どう考えてもありえないこと。
  しかも画額は転倒もせず、正常な向きにあるのです。何かわからなかったが、額を元に戻し、その下に塩を盛り般若心経を上げた。その画は、ヨーロッパのどこか農家の庭先の風景を半ば具象で描いた筆遣いの優れた現代絵画で、額縁は金色のフレームが三重になった立派なもの。見るとその絵の空の部分のガラスが稲妻型に割れている。多分衝撃で割れたのだろうが、見ようによってはそこから何か出てきたともとれる、割れ方(ちなみに画を下げている金具は正常)。
  画はそれで、元に戻ったが、今朝いつもの通り、天花乱墜ー五気朝元ー三華聚頂という修練に入り、「出神」をして、ある儀式を終わり、「神遊観」(神は意識)にはいった時のこと。ちなみに、「神遊観」は、まったく自己意識の作用がない「無」の状態で行い、情景の出てくるままに任せるのだが、これまでは徒歩10分ぐらいの後楽園、千鳥が淵、そして皇居などへ徒歩で入り、そこで感じ取れる「意識」を感じたり、あるいは屋上から地球周辺に意識が飛んでいくことがあったり、これ自体がかなり「オカルト」的。
  今朝その神遊観にはいると、一天にわかに掻き曇り、周辺は中国の桂林の風景のような、険しい山々がそびえ、目の前の巨大な川が盛んに波立っている。何だろうと見つめていると、その泡立ちのなっから、大きな「龍」が出てきた。シャチよりもさらに大きな感じで、背中は鈍く光る銀色の厚いうろこで覆われている。その龍はやさしい目をして、私に背中に乗れといっている。その通りすると、龍は身体をくねらせて、天に昇り始めた。黄色い腹が妙に印象的で、どこを飛んでいるのかわからないが、とにかく銀色の大きなうろこ、長いひげをくゆらせながら、どこか田園風景を上を一周して、なぜかマンションのべランダに着き、龍は帰っていった(まるでハリーポッターみたい)。私の気持ちは大変満ちたり、親に身を寄せる子供のような感情になったことを覚えている。以上で本日の「神遊観」は終わり、再び「収神」を念入りにして終了しました。ここ数日起こっていたことの「意味」が自分なりには分かるように思えるが、書くと「先入観」となるおそれがあるので、書かない。「オカルト」は「オカルト」、「判らない事」は「判らない事」、しかし「事実」は「事実」というのが、私の基本なので、ただ意識の中や現実の生活で起こったことを、そのまま書くにとどめたい。
# by yuugean | 2006-08-26 21:26 | 2006

滝の社

  今年の夏、宿が取れたので近場の真鶴・奥湯河原に行き、海と温泉を同時に楽しんだ。奥湯河原で帰りに、同行のS君と宿から歩5分の「滝」を見に行った。思ったより小さな滝だが、周囲は鬱蒼として昼なお暗く、なぜか小さなお社が5つも6つもある。そこで、写真を撮ったのですが各写真に「オーブ」が一杯写っている。「オーブ」は掲示板のスレでmaiさんが書いている「たまゆら」と同じ。
  そして私の写真の、背後に私の頭より大きな真っ白な「光の玉」がはっきり写っている。何かあるなと思ったが、滝の方を見ていたS君が頭が痛いと言い出した。私は感づいてすぐその場を離れたが、滝の入り口のところでS君はうずくまってしまった。私は無理に彼を立たせ、その場を離れるように言い、明るく日の射す車道を10分ほど歩いてバス停に行った。その頃には良くなっていたが、彼は以前東京の千鳥が淵戦没者霊園の遺品を見ていたときも、何かあって頭が痛くなったことがあり霊的なものに感じやすい体質。
  帰って「オーブ」について調べてみると、結構デジカメで捕らえられている。正体は判らないが、多分デジカメの画素がもの凄く良くなったので写るようになったのかもしれない。白い「オーブ」はいいオーブという記述もあって安心したが、念のためパソコンからも、カメラからもそれ関連の画像は削除し、その部分はCDに収めた。S
  君が画像を見たいというのでCDを貸し、返却に来たのでCDを近くに置いて自宅で一緒にビールを飲んた。その時、私はまず「味覚」が異常になっていることに感じたが、その日、次の日と無性に「肉」を食べたくなる。普段は現在は肉は食べないが、何か体調異変かと思っていたところ、その晩「夢」を見た。私は現在「夢」は殆ど見ない。「個我意識」がなくなれば「夢」も見なくなる。その夢は大きな蛇がどこまでも、私を追いかけてくる夢。空港の改札口のようなところで、長い棒で大蛇と戦っている自分。そこで夢から覚めたが、思うところあって、「除霊」を二回。以前は何回かやったことがあったが、最近たえてなかったこと。
  結局翌日から体調はもとに戻り、魚中心の食生活にほぼ戻った。滝に行った時は他にも4-5人の見物客がいる状態で、私は別に何も感じなかった。私の背後に白熱電球のような、真っ白な光体が写っているのを見たときも、別に感想はなく、なんとなく「出迎えている」という感じをもっただけ。後に頭が痛くなって歩けなくなったS君は、後で聞けばこの時、滝の方角になにが見えるか、それを見極めたくてじっと注視していたという。CDを持ち帰ったのも、写真の中に写っている、別の何かを見ようとしたようだ。そして、滝の傍らの岩の上に「女の顔が写っている」と言った。
 彼は普段決して「オカルト」ではなく、むしろ反対の側にいる人間だと思っているが、時々感じ
るようで、初めての部屋でも、何か念の篭ったのは感じるという。その彼が「女の顔」というので、危ないものを感じCDをすぐ返却するように言い、返しに来てビールを飲んだ時に、私の方に味覚異常が起こった。私は既に心は「無」だから、見ていても見ない状態、ことにそういう対象には、見て見ぬフリでやり過ごすがS君は追及しようとして歩けなくなってしまった。
# by yuugean | 2006-08-23 21:34 | 2006

湯河原

  8月に入って、少し多忙。5日、6日には真鶴と奥湯河原に行った。その他、仕事なども少々多忙な毎日だった。4時「起床」。すぐシャワーを浴び、コーヒーを沸かして、いつもの朝の儀式がはじまる。
  ゆっくりと何回も小休止をはさみながら、まったく自由に気持ちを遊ばせて「坐忘」の状態を深めていく。そうすると「天花乱墜」がはじまる。日によって見えにくい時もあるが、明確に自覚できる時もあり、それはその日の「大気」の状態が影響していると思うが、詳しくは何が原因かはわからない。その後「頂門開」だが、これは「光の筒」が体内と体外とを結び、その中を「光の玉」が上下する。ある程度イメージが出てくると終わる。その後脾臓ー肺臓ー心臓ー肝臓ー腎臓の五臓を経巡って、その「気」を督脈から天頂にあげ、先ほど開いた「頂門」を明け太空に立ち上って行く。かなり上ったところで、太空の「五行神」のもとに帰し、「五気朝元」の行は終了。
  ついで「三華聚頂」だが、「下丹田」から真気が上丹田に立ち上る。これは額にぶつかって、上丹田と合体、中丹田はそのまま上がって上丹田の中に入り、「三華聚頂」となる。この三つが混交すると、「慧光」が出てきて脳全体に立ち上る。それが終わると、その後ろに一種の「圧力体」が見えてくるが、これは「陽神」。それにしばし意識をかけると、「法身」の姿が見え始め下から、「蓮華座」がせり上がって、法身を乗せて、ゆっくりと上り始める。「頂門」は開いているので、「法身」はゆっくりと体外にでる。このとき「陰神」を同時に出す。「陰神」は、かってやっていたように、肉体全体を覆う「意識体」で、これも「陽神」と一緒に出す。「陽神」は「頂門開」で開いた天頂からしか出せないが、「陰神」は脳壁を難なく透過して体外にでる。千峰では「陽神と陰神を出す」となっているので、当初は「陽神」に体内の「陰神」を混ぜ合わせるのかと考えてやっていたが、最近インスピレーションがあり、それをやると、以前のやり方よりも、「出神」後の状況が明確になってきた気がする。
  なぜ「頂門開」をやり、「陰神」も出すのかということが、見えてきた気がする。実は4年ぐらい前は、いまの「陰神」を出すやり方で全身の「意識体」を体外にだしていた。その後、「五気朝元」「三華聚頂」をやり、「頂門開」をして「陽神」を出すやり方に変えた。そして「陽神」と「陰神」を体内で混ぜ合わせ「出神」する方法を行ってきたが、何かぴったりと来ないものがあったので、いろいろ考えていたところだった。
# by yuugean | 2006-08-12 21:36 | 2006

楊心会演武会

 2006年度の楊心会演武会は7月23日(日)午前10時から荒川総合スポーツセンター体育館で開催されました。今年は荒川太極拳クラブ創立20周年を記念して開催され、梅雨空のもと、早朝から約200名の楊心会員、OB、OGが参加して行われました。プログラムは開会式に続き、全員で「伸展法」。その後「簡化式」を3グループに分かれて演武、次いで全員で「功力拳」を演じました。さらに2グループが「老架式前半」、「陳式」を1グループが演じ、その間に「功力拳・連歩拳・けっか拳・乾陽拳」をできる人たちが演じ、前半を終わりました。
  「昼食」にはいり、この時間帯に各グループ毎の「集合写真」を撮影するのも恒例のこととなりました。午後は「簡化式」を3グループが演武しましたが、最後のはナレーション付きでした。事情通によればこの「ナレーション付き簡化式」は、川島師範が指導されたものだといいます。その後「老架式前半」1グループ、「老架式後半」2グループが続きましたが、その間に指導員による「弾腿・五虎拳・五行拳」が演じられました。さらに研修生(二期)による「陳式」、自由参加の「連歩拳」、1グループの「陳式」と続き、全員参加の「老架式全般」で締めくくり。最後は全員で「八段錦」で閉会となりました。外は雨もよいの梅雨空でしたが、荒川総合スポーツセンターの中は200名の楊心会員による太極拳演武で熱気に充ちた一日でした。
# by yuugean | 2006-07-23 08:19 | 2006



遊びをせんとて生まれける  学びせんとて生まれける
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