遊化の森

「どこでも仙道」 

◆「場所を選ばず、時を選ばず」
◆「電車でもできる?仙道内丹法」
◆「目光」と「耳光」

 
「どこでも仙道」「いつでも仙道」

1. 第一はやはり「清く静かな部屋」です。「清く」というのは「穢れてな
い」こと。「嫌な感じがしないこと」。「仙道内丹法」というのは基本的に「目の
光」「耳の光」を自分の心奥に照らして、「神」(意識)を固めていく修練です。
こういうことを書くと、この分野に関心のない人には、全くの「ちんぷんかんぷ
ん」なことであるちがいありません。まず「眼の光」って何?「耳の光」って何?
と言う事になりますね。「清く静かな部屋」に入って、まずあなたは「目」を瞑
(つむ)ります。最初は様々な想念が浮かんできます。1分と目を瞑って何も出て
こない状況を作り出すことは難しいでしょう。目を瞑る事で、自分の心奥にある無
意識のイメージが形を変えて次々に出てきます。それを目を瞑った時に「目」の奥
に生まれる「意識」の「光」を使って心奥を照らし出して、消していきます。「耳
の光」もそうです。目を瞑り外界の音を閉ざして、心奥の騒音を「耳」の中に生ま
れる「意識の光」で照らし出していきます。そうして心奥が落ち着き、静かになっ
たら修練にはいります。この「目光」「耳光」は「仙道連」など古い仙道の「形」
を残しているところは重要視しますが、最初修練に取り掛かる時の雰囲気づくりと
して大切だと思います。この「目光」「耳光」をフルに生かすのはやはり「清く静
かな部屋」です。

2. どこでも「仙道」。たとえば「図書館」など。本を読むフリをして、「仙
道瞑想」を行うことは容易です。他のヒトも自分の読書に打ち込んでいますから、
こちらが何かやっていても無関心です。席が取れれば時間もたっぷりとあります。
おもむろに「仙道」テキスト(たとえば「仙道天地門」仙道内丹法の第一から第四
までをコピーして常に身近にもって歩きます)を目で読みながら、自分のやりたい
段階をおさらいしてみましょう。きっとよく頭に入ると思います。

3. どこでも「仙道」。電車。日本人はよく電車の中で眠っていますが、仙道
もまた眠ったフリで、修練することができます。目を瞑っていても誰も奇異に思い
ません(おそらくアメリカではこうは行かないでしょう)。そこで前項のようにテ
キストを一通り読んでから、目を瞑り10分でも20分でも修練を続けます。私の
経験ではJRなどよりも「地下鉄」がいいように思います。JRのような電車はや
たり乗り降り客の音がうるさいように感じます。またこれには座席を確保する事が
大切ですが、座席を確保できない状況ではさきにこの「メルマガ」で書いた立位の
修練「天地呼吸法」「天地気交法」などを試してみるといいでしょう。

4. どこでも「仙道」。喫茶店。サテンもまた即席道場にはや代わりします。
しかしサテンは常に人の出入りがあり、またテーブルだと正面から他人に見えてし
まいます。私が「大薬」をゲットした当時は、4人で小さな事務所を本郷三丁目で
始めたときでした。この駅そばの「ドトール」が私の即席道場になりました。二階
の窓側に一人席用のカウンターがあるのですが、ここで窓に向かって座りいつも出
社前の30分を過ごしました。例の通り「テキスト」を読み、その通り約30分修
練します。こういう席だと他の人に尻を向けているので他人を気にしなくて済みま
す。

5. そのほか待ち合わせの間とか、事務所だとか、少しの時間があれば「仙
道」は可能です。まさに「どこでも仙道」「いつでも仙道」です。

6. 最後に(1)の「目光」「耳光」について少し。「目光」は本来外界を見
るために使うものですが、「仙道内丹法」では「体内」を廻り照らすために使いま
す。この動作を「回光」といいますが、「回光」に習熟すれば、体内の陰陽の気が
下丹田に凝集すると言われています。そして「識神」(後天の神)が「元神」(先
天の神)とひとつになって来る。そうすれば内気が凝り集まって「聖胎」のもとと
なるといいます。つまりここでいう「目光」というのは「神」(シン・意識。カミ
にあらず)の働きそのものです。この「神」を「気」(内気)、「精」(内精)に
充分に働かして「胎」を作っていくのが「内丹法」でもあります。

「耳光」も通常は外部の音を識別されていますが、「仙道内丹法」では体内に向け
て使います。古い仙道では「目光」は外部の陰陽の気が交わったもの(外元気)で
あり、「耳光」は内部の陰陽の気が交わったもの(内元気)であると見られていま
す。その方法は視線を鼻の先端に固定しながら、心を腹(下丹田)の方向に放ちま
す。そうすると(音もなく)呼吸する動きが見えてくるので、そこに集中してい
く。この技法に習熟すればこれが「真息」になっていくといわれます。

さて、これから世の中が動き出し、人も動き出して今年もいよいよ始まります。そ
ういう動きに順応しながらも、どうかいつも「仙道内丹法」を忘れずに「いつでも
仙道」「どこでも仙道」をお続け下さい。
by yuugean | 2003-01-03 06:55 | 内丹法を修練する
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